応用物理学会の聴講内容概要とFRPへの応用の可能性
2026年3月15日から18日で開かれた応用物理学会春季学術講演会に参加しました。
大変広い技術領域について闊達に議論するこの学会に入ったのは8年程前ですが、
念願かなって初めての参加です。
今回のメルマガでは、聴講して印象に残ったものを中心にその概要をご紹介し、
またFRPへの応用の可能性について私見を述べます。
量子関係
やはりこの領域は外せなかったです。
聴講者数も多く、非常に活発な議論が交わされていました。
まさに学会ですね。
私が聴講したテーマでトレンドと感じたのは、
機械学習における学習データ量を削減すること、
そして量子PCと既存PC(古典PC)のインターフェース構築でした。
学習データ量の削減
例えば量子ノイズ除去拡散モデルでは、
量子状態の分布からノイズの多い構造化されていない量子状態の分布への拡散過程を生成してノイズ除去してターゲット分布をモデル化する際、
この拡散過程が学習データに依存し、ノイズに敏感であるといった課題解決に向けたテーマの発表がありました。
順過程と逆過程によって計算を収束させる、といった趣旨の発表でした。
それ以外にも果物の画像判断に量子カーネルトリックと呼ばれるものを適用することで、
学習データを減らせるという発表もありました。
量子PCと既存PCのインターフェース
将来的に活用が期待される量子PCと古典PCの間のデータのやり取りの課題解決に向けた発表もあり、
そこでは適応補間量子変換というもので、
フーリエ変換でパラメータを抽出する際、当該変換技術だと少量パラメータで予測が可能になり、
また製作された空間での検索ができるといった内容が述べられていました。
なかなか私では完全な内容理解まで至りませんでしたが(上記にも間違いが含まれるかもしれません)、
発表している方も東南アジア諸国の若い方々が多く、
まさに今勢いのある領域であると感じました。
同時に量子については定性的な話も多く、理論化が難しい側面もあるという印象を持ちました。
ここは技術的には懸念である点として指摘しておきます。
※関連コラム
光ファイバセンシング
こちらは過去に光波センシングの会合に参加したこともあり、
ここ数年での変化をとらえることを目的に参加しました。
結論から述べると、個人的には数年前と比べてあまり大きな変化は無いと感じました。
ヘテロコア光ファイバはコア径の異なる光ファイバを直接に接続させたセンサで、
曲げなどの変形挙動を捉えるのを得意としています。
この挙動はブリルアン周波数シフトという周波数の変動で捉えますが、
このシフトが大きく離れた設定にすることで、
よりSN比を高め低ノイズの信号を取得できるようになります。
このようにして捉えるシフトは温度にも相関があることから、
環境温度変化というストレスを与えたところ温度センシングができることが明らかになったとの発表がありました。
周波数シフトは490Hz/Kを超え、また当該シフトの線形関係は30から70℃まで再現したとのことでした。
またブリルアン光相関領域反射計は一つの正弦波周波数変調させたレーザを参照光と測定光に分岐させて干渉させ、
その周波数差を検出することでひずみの情報を得ます(ヘテロダイン検波というようです)。
発表では従来の一つの光源からスプリッターで光を分岐させるのではなく、
遅延線が不要なデュアルレーザ法について高速動作が困難である課題解決に向け、
傾斜利用法と呼ばれるピークの周波数シフトに伴う特定種波数の応答変動でひずみをとらえられるか、
という研究について説明がありました。
結果としては最大約0.2%ひずみまで線形状態で評価できたとのことで、
その有用性が判断されたとのこと。
これに関連する内容は過去のコラムでもご紹介しています。
※関連コラム
カーボンナノチューブ
トランジスタに関する発表が多く、
電磁波シールドへの活用といった変わったテーマもありました。
CNTトランジスタ
フレキシブルデバイスを想定したカーボンナノチューブ(以下、CNT)を用いたトランジスタの発表がありました。
CNTの表層に残留した界面活性剤(CNT分散が目的)を中心とした有機物が、
界面トラップ密度と呼ばれる半導体と絶縁体の界面に存在する電気的な欠陥状態の密度を示す数値を増加させる、
すなわちトランジスタとしての性能を低下させるとのこと。
この状態を改善させるため、CNTを適用した後の基板を真空加熱処理を行い、
上記の数値が低下したという発表がありました。
※参考情報
界面準位密度(Interface Trap Density, Dit)とは/T&Mコーポレーション株式会社
CNT形態制御
CNTの長さを制御するというテーマもありました。
界面活性剤にCNTを分散させて静置後に遠心分離することで上澄みと沈殿物に分け、
それぞれのCNT長さとそれを用いて薄膜トランジスタを製作し、
電気特性を評価しています。
当然ながら沈殿したものは繊維長が長く、上澄みに含まれるものは繊維長が短いということになります。
このようにして分離したCNTを用いた薄膜トランジスタについて、
界面活性剤の残留リスクはあるもののCNTが長くなると電流量が増加するということが示されていました。
CNTによる電磁波シールド
電磁波シールドの効果に対するSWCNT(単層CNT)/PVCの複合材の厚さの影響に関する発表もありました。
シールド効果は厚さに応じて向上する傾向が確認されています。
この計測にはベクトルネットワークアナライザという計測器を用いており、
これにより遮蔽が反射によるものなのか否かを判断できるという部分が興味深かったです。
なお、遮蔽の度合いは1mm厚みあたり48.5dBということで、
遮蔽率は99.6%くらいとのことでした。
それ以外にも紙すきの要領で紙とCNTを一体化させたシートに関するテーマもあり、
水素に触れると還元反応が起こることで抵抗値が変化するという特性を応用し、
水素存在有無の検知に応用できないかというものでした。
※関連コラム
金属被覆バサルト繊維を用いた電磁波シールド
FRP学術業界動向 – カーボンナノチューブ のひねり構造
燃料電池のガス拡散層を形成する炭素繊維複合材料
グラフェン
FRPでの扱いと異なり電気特性を重視することもあって、
とりあえず混ぜて使うといったものよりも、
グラフェンの成長過程や構造の詳細に関する発表が多かった印象です。
グラフェンの成長
グラフェンを化学気相成長(CVD)でCu基板上に成長させた場合どのように成長するかを、
紫外線を用いた光学反射系顕微システムによる観察とパーシステントホモロジーという位相幾何学を用い、
結晶成長状態を評価していました。
またCCDでグラフェンの成長を直接観察した研究もあり、
そこでは単層のグラフェンが冷却工程で結晶成長する様子が捉えられていました。
基板がCuだと単層、Cu-Ni合金だと多層のグラフェンができるという内容も興味深かったです。
それ以外にも蒸着する際の基板温度が低いと非結晶の炭素膜ができる一方、
温度を600℃以上と高くするとグラフェンが垂直に立ち上がるようにして成長する様子が、
SEM画像で確かめられていました。結晶成長時のパラメータ設定と管理が重要であると改めて感じました。
※関連コラム
Grapheneを適用することで高精度キャスティングを実現したCFRP製フライロッド
かご型シルセスキオキサン(POSS)で表面処理したGrapheneのFRP製スキー板への適用
Graphene を熱可塑性発泡ポリウレタンに添加した 安全靴 の保護材へ適用
光時計
標準時の基準など、正確な時を刻む技術に関する内容でした。
水素メーザが日本標準時間を供給していること、
そしてストロンチウム原子を用いた光格子時計を用いることにより、
協定世界時(UTC)とのずれを2021年以降±4nsec(ナノ秒)以下に抑制することに成功したことなどが発表されました。
日本が独自の標準時間を持てれば、GPS等の海外のものに依存する必要が無くなる、
という発表者の発言が大変印象的でした。
プラズマ
プラズマを用いた表面改質が多かったです。
接着や接合の前処理だけでなく、プラズマによって分子構造を変化させることで加工しやすくするなど、
改質が意味するものが技術業界によって異なることを認識できました。
比較的発表数も多く、議論も活発だった印象です。
有機物表面の親水化
高分子のプラズマによる改質は表層に親水基であるOH基などが生成すること、
プラズマの発生に用いる正弦波出力の周波数の違いによる、
表面処理範囲や処理領域の温度変化に顕著な差が無いことなどが発表されていました。
加工を目的とした表面改質
半導体の放熱材料でもあるAlN(窒化アルミニウム)へのプラズマ照射では、
SiCがSiO2に変質して柔らかくなることで除去しやすくなることを狙っているのは意外でした。
またこの改質は深さ方向に進行することなどが述べられました。
この現象ではラジカルが主たる反応媒体として機能しており、
表面改質が進むほどラジカルの深さ方向への進展が抑制され、
基材である基板本体への悪影響発生リスクが低減されるとのことでした。
また絶縁膜形成を目的としてシリコン表面にシリコン酸化膜を生成させるにあたり、
プラズマ酸化が用いられることを念頭に、
当該酸化反応の初期過程解明に関する発表もありました。
プラズマ源として水素と酸素で評価されていました。
それぞれに対してプラズマ照射ごとにシリコン酸化膜の膜厚を分光エリプソメトリ(入射光と反射光の偏光状態の変化を計測する機器)を用い、
Tauc-Lorentzというモデルでこの膜厚を算出し、また光電流量変化で界面欠陥が評価されていました。
結果、プラズマ源が水素の場合はプラズマ照射ごとに光電流が減少、つまり界面欠陥が形成された一方、
同酸素の場合はそれが抑制されるという結果が示されました。
その一方で酸化膜はプラズマ照射回数(時間)ごとに増加しており、
酸化膜内の原子再配列が酸素源プラズマの時に起こりやすい、
という主張がされていました。
※参考情報
これ以外にも高純度オゾンをプラズマ源に用いることで半導体の酸化膜形成やレジスト除去に使える、
Si貫通電極加工の保護膜形成とSiエッチングを繰り返すBoschプロセスに低GWP(地球温暖化係数)のガスを用いてその実用性を評価した、
といった発表もありました。
強誘電材料
酸化ハフニア(HfO2)に関する発表が多かったです。
極薄の数nmの膜厚でも強誘電特性を示すことから、次世代の強誘電体メモリへの応用が期待されているようです。
Suica等の交通系ICカードにも使われているというのは、私も知らないことでした。
※参考情報
酸化ハフニウム(ハフニア)とは?身近で使われている例も解説 / AGUS
私が聴講した発表では、機械学習を用いたものが多かったかもしれません。
機械学習を用いたHfO2/SiO2界面のダイポール再現
Behler-Parrinello Neutral Networkポテンシャルと呼ばれるものにHf-Si-O三元系を学習させ、
1万原子をこえるHfO2/SiO2界面のダイポール再現を行ったというものがありました。
電界を印加したという条件で計算を行った結果、分極-電界特性はヒステリシスを示し、
強誘電性を再現できたとのこと。質疑の中では酸素欠陥をモデルに入れることを検討してはどうか、
といったやり取りがありました。
HfO2外層に存在するZrO2の影響
薄膜形成技術の一つである原子層堆積(ALD)を用い、HfxZr1-xO2という材料の上に、
ZrO2を積層すると強誘電性が大きく向上したという過去の研究をもとに、
表層をArガスでエッチングしながらXRD測定を行い、最外層のZrO2の存在がHfxZr1-xO2の結晶相割合にどのような影響を与えるか、
という評価結果が示されていました。
直方晶(O)/正方晶(T)/立方晶(C)を主としたピークを中心とした評価の結果、
最外層のZrO2の存在がその下層の結晶相割合に影響を与えることが示されていました。
ただ、質疑応答の中でArガスは還元性があるので、その影響もあるのではといった指摘も出ていました。
これ以外にもHfO2の強誘電性は5nm以下で発現する理由は何か、
といった門外漢の人間には大変興味深い発表もありました。
※関連コラム
共役分子の電気特性
HOMO-SHOMOやHOMO-THOMOのエネルギー差が小さい共役分子のトランジスタ特性を評価する、
という発表を聴講しました。
HOMOは最高被占軌道、LUMOは最低空軌道、SHOMOは第二最高被占軌道のことです。
評価対象はDIC呼ばれる五員環と六員環を組み合わせたものです。
トランジスタ特性の評価はSiO2/Si基板上にアモルファスフッ素樹脂を製膜したその上に、
評価対象の薄板結晶を貼り付け、その上からカーボンペーストでソース・ドレイン電極を取りつけて実施しています。
単結晶X線構造解析で結晶構造を評価した結果、
Pitched π-stackingという横から見てジグザグに配向しているものと、
Brickworkと呼ばれる複層平行で配向しているものが交差した状態であることがわかったとのこと。
このStack方向では理論上、4.56cm2/Vsというキャリア移動速度が出ると予想されましたが、
実測では1.37cm2/Vsであったため、分子軌道の精密設計が重要であると述べられていました。
高分子の分子配向
分子配向を理解して制御することも物理の世界では重要と感じたテーマでした。
今回聴いた中で多かった分析手法の一つがラマン分光法です。
時間分解コヒーレントアンチストークスラマン(CARS)分光法という手法を用いると、
分子振動寿命の違いから構成成分を明らかにできるとのこと。
この技術を用いると通常のラマン分光ではブロードにしか見えないピークを分解できるとのことです。
ポンプ・ストークスパルス光の差周波で評価対象分子を励起させた後、プローブパルス光を遅延して入射させるようです。
聴講した発表では接着剤として用いたエポキシ樹脂を対象に評価をしており、
接着界面ではエポキシ分子が当該面に対して垂直に立ち上がっていることを明らかにしたと述べられていました。
また化学修飾電極にも応用できる電気化学系に関連するテーマとして、
電解質/電極界面における電気二重層内での電子移動の発生という、
複雑な挙動の様子をとらえようとするものもありました。
結果、電極表面処理に使用された高分子が電極上でS(硫黄)原子を介してイオン結合を形成し、
一定の配向規則性を有する炭化水素鎖を経て別末端にあるFe原子が五員環でサンドイッチされたいわゆるメタロセンの構造が、
電解質溶液中のイオンとの間でイオン対を形成することを示していました。
これ以外にも摺動部における液状潤滑剤の分子が摺動面に対して水平に配向すると摺動特性が向上するという発表、
固体同士を混ぜると液体になる深共晶溶媒について光カー効果分光法によって分子配向緩和挙動を調べ、
深共晶溶媒の当該緩和挙動が予想されたよりも大きいという分子スケール粘度との乖離に関する発表もありました。
光電子顕微鏡
学会発表で複数見られたのが”レーザ励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)”でした。
これは深紫外である266nmの連続波レーザを用いているとのこと。
従来の光源にはパルスレーザが用いられていたようですが、
短時間に大量の光電子が発生して光電子間の反発が生じ、
結果として分解能が低下するという課題を踏まえての設計のようです。
分解能は3nmに達しており、電極に埋もれた絶縁層の化学的な変化を非破壊で調べることができるという特徴があります。
この辺りは以下のような情報に記載されています。
※参考情報
電極に埋もれた強誘電体の絶縁破壊過程を観測:レーザー励起光電子顕微鏡
直行する配線の交点にメモリを配置したクロスポイントと呼ばれる構造では、
低抵抗状態にある非選択セルに流れる迂回電流というものが存在し、デバイスの正常動作を阻害するとのこと。
これを回避するため、各メモリにスイッチ機能を有するセレクタデバイスを直列接続する必要がありますが、
入力ONになる電圧と同OFFになる電圧の比であるON/OFF比が要求より低く、
これを高めるにはオフ電流の大きさを決めるリークパス分布を可視化する必要があるようです。
そこで、VOx上にSiO2でパターン化された表面にAuGeの電極を設置したセレクタデバイスについて、
当該分布の可視化を目的にLaser-PEEMを使った観察を実施したというのがこの発表の主たる内容です。
結果、ON/OFFのサイクルごとにエッジ付近いスポットができ、それがクラスタ上に広がっていく様子が示されました。
これらがリークパスの原因となる欠陥のようです。
印加電圧によってスポット状態で大きくなるか、クラスタのように広がるかといった違いがあるなど、
興味深い議論も行われていました。
FRPへの応用の可能性
今回聴講した発表内容を念頭にFRPへの適用について考えました。
最も興味深いと感じたのは誘電特性発現です。
HfO2まで必要かはわかりませんが、例えばALDなどでGFRP表面を被覆すれば、
FRP構造材全体としての誘電特性がさらに向上するかもしれません。
CFRPもその対象になるでしょう。
また今回の発表からプラズマがある程度深さ方向に浸透するということから、
プラズマを接着前処理という観点だけでなく、
FRP表面に対するプラズマ照射によって意図的に溌油性の様な元素をFRP表層付近に導入できれば、
耐油性の求められるFRP構造物の耐油性(耐腐食性)向上に役立つかもしれません。
海底油田や天然ガス採掘用のパイプを想定した案です。
後は鉄板ではありますが、強化繊維に光ファイバを導入し、
センシング機能を有するFRPというコンセプトで材料設計をするのも一案でしょう。
もし量子PCがある程度、制御して使えるようになるのであれば、
マテリアルズインフォマティクスに応用し、
これまでにないマトリックス樹脂の開発に応用するという考えもあります。
それ以上に期待できるのは、FRPの新しい基材設計(強化繊維設計)と材料形態の開発です。
量子PCによる大量のシミュレーションを行えば、
もしかすると常識を超える何かが生まれるかもしれません。
ただ、この手の技術に依存しすぎることは危険であると同時に、
そもそも人の価値を低下させるリスクがあることは加筆しておきます。
最後に
今回ご紹介した応用物理学会の発表を聴いていても、
効率良く数を打つといったテーマが多かったのは少し残念でした。
基礎データの積み重ねは基本中の基本なのですが、
そこに”効率の考え”を入れてしまっているというところに懸念を感じたという意味です。
学会は応用系のものであっても学術界の話ですので、
本質を突き詰めるものでなくてはならない、
という私の信念から見るとやや物足りないものも相応数ありました。
一方で”本質的なことをやられているな”と思う発表もあり、
まだまだ学術界の発展は進行していると感じられたことはうれしく感じました。
また機会があれば他の学会にも顔を出し、
今以上に自分の技術領域を広げていきたいです。



