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かご型シルセスキオキサン(POSS)で表面処理したGrapheneのFRP製スキー板への適用

2023-06-26

FRPの機械特性はもちろん、電気特性などの物理特性を向上させる「添加剤」の一つとしてGrapheneの検討が行われています。

そのGrapheneをかご型シルセスキオキサン(以下、POSS)で表面処理の上でFRPに添加し、バックカントリースキー向けのFRP製スキー板を開発したということについてご紹介したいと思います。

 

 

POSSで表面処理したGrapheneを使用したFRP製のスキー板はバックカントリー向け

今回参考にしたのは以下の記事です。

Ultra-lightweight skis demonstrate potential of graphene-reinforced composites

POSSで処理したGrapheneを適用したFRP製スキー板を開発したのはFolsom Custom Skisという会社です。

私自身も小学生時代からスキーを趣味の範囲でやっていますが、
カービングスキーを持っているのにカービングの滑り方ができず、
古き良き時代のパラレルターンを主とした「ずらす」ターンをしています。

このようなレジャーレベルではなく、ある程度スピードを重視したスキーヤーになるとカービングターンを行うのが一般的となります。

このカービングではエッジで雪を切るようなイメージになるため板に大きな力がかかることから、それをスキー板がばねとして受け止め反力によってスキーヤーを押し出すということが求められます。

カービング向けの板が昔と比べてやや短めで前方と後方が幅広になっているのは、エッジを立たせて曲がろうとしたときに足のある長手真中付近がターンの外方向に力がかかって変形し、同時に幅広の部分だけで雪を受けたスキー板がたわむということを狙った形状であるためです。

変形したばねは元に戻ろうとして反力が働き、この反力を効率的に得るということを想定しているのがカービングスキーの板といえます。

このような弾性変形をうまくエネルギーに変換することを想定し、スキー板にはFRPが使われることが多くあります。

比剛性が高いということはばね設計の選択肢を広げることを考えれば当然とも言えます。

 

バックカントリー向けのスキー板では軽量化が必須

そして今回POSSで表面処理したGrapheneを用いたスキー板は、

「バックカントリー」

と呼ばれる滑り方を楽しむスキーヤー向けのものになるとのことです。

 

これはリフトなどを使わずに自力で登山し、圧雪されていないところを滑る上級者向けの楽しみ方になります。

最近もバックカントリーでスキーやスノボを楽しんでいた方が遭難して亡くなったというニュースもありました。

バックカントリーについては、以下のようなサイトをご覧になるとイメージがつくかと思います。

※参照ページ
バックカントリースキーとは?その魅力や注意点、必要な装備まで解説

そしてバックカントリーでスキーを楽しむ方々は、板を背負って山を登る必要があります。
このような動作においてスキー板の重量は大変重要です。

あまりにも板が重いと山を登る時点で体力を消耗してしまうからです。

この軽量化へのニーズに応える方法として、Grapheneを活用するという技術アプローチが今回の取り組みの背景にあるようです。

 

スキー板は複数層によって形成される

冒頭紹介したComposite Worldの記事に書かれていますが、スキー板というのは複数の材料で構成されています。

具体的には以下のようです。

1. FRP(用途に応じ、以下のような材料構成があるようです)
90/10 fiberglass/carbon fiber blend
70/30 fiberglass/carbon fiber blend (slightly lighter weight)
100% carbon fiber laminate (lightest weight)

2. 板のコア材(FRPは外側で、コア材として木材を中心とした別の材料を用いることがあるようです。コア材の選定には減衰、剛性等の特性を考慮して決めると書かれています)
structural core made from one of several wood blends

3. 壁面材料(PEやゴムを用いているようです)
ultrahigh molecular weight polyethelyne (UHMWPE) sidewalls, vulcanized rubber

4. エッジ(エッジは金属です)
steel outer edges

5. 上面材料(主に意匠目的でPAが用いられているようです)
nylon blend topsheet

 

軽量化に向けCFRPを主体にし、コア材と壁面材料の削減を目指した

Folsom Custom Skisの販売する板はサイズによって1.8から2.3kg/板程度の重さがありますが、バックカントリーに用いられるスキー板の市場では1.2kg/板が販売されているとのこと。

この1.2kgという重量に近づけるために行ったのが

「構造部材をCFRP主体として、コア材と壁面材料を削減」

ということでした。

この取り組みにおいて重要なのがPOSSで表面処理されたGrapheneです。

何故ならばスキー板でFRPを適用する際に生じた問題の多くが「層間はく離」であり、Grapheneがその層間はく離を抑制し、更には靭性が向上したということが明らかになったためだとのことです。

複数層で形成されているという構造に加え、スキー板として用いられた場合、曲げ変形に伴うせん断荷重が発生する事を考えれば当然かもしれません。

さらに減衰特性や板剛性も向上し、スキー板としての性能向上が認められたというのがGraphene採用の決め手だったようです。

スキー板の減衰や剛性評価に用いたのはArduinoというソフトウェアです。
このソフトはマイコンボード用のプログラムを開発することが目的とされているようですが、センサと組み合わせることでその変形を数値データとして算出することが可能となります。

使用するセンサはいわゆるひずみゲージと同じイメージだと思います。

ひずみゲージはホイーストンブリッジの要領で変位と相関のある抵抗値の変化を出力電圧として計測し、それをアンプで増幅させることで変位を数値化する計測ツールです。

 

Arduinoを用いた減衰や剛性評価を含む変形計測の一例として、以下のようなものがあります。

Interface Flex sensor with Arduino – Measure Bent or Deflection

センサの抵抗値は45Kから125KΩと一般的なひずみゲージの抵抗値120Ωと比べてかなり大きい印象です。
上記のページにはコード(C/C++をベース)も丁寧に解説されています。

一度だけ実行されるsetup() 、繰り返し実行されるloop()等、この手の言語をご存知な方にはなじみのあるであろうコマンドも見えます。

センサの画像を見るとそのサイズが大きいことから、スキー板のような大型サイズで、かつ大変形をする構造体の計測に適しているセンサなのかもしれません。

 

Grapheneはマトリックス樹脂であるエポキシ樹脂に添加する

具体的なGrapheneの適用方法ですが、FRPのマトリックス樹脂に添加しているようです。

試作では10gのGrapheneを添加したと書かれていますが、全体に対してどのくらいの割合なのかといった重量%に関する情報は不明です。

ただ、GrapheneメーカであるMitoのHPによると樹脂に対して0.1wt%程度の添加で特性向上効果が発揮されると書かれています。

※参照URL
MITO(R) E-GO(TM) changes the graphene game

 

最後にGrapheneのFRPへの適用におけるポイントといえる「表面処理」について述べたいと思います。

 

 

かご型シルセスキオキサン/POSSは有機物と無機物の橋渡しとなる特異な性質を示す

今回話題となっているグラフェンはその表面処理剤が特徴的です。
むしろこの表面処理がGrapheneのFRPへの添加剤としての価値を創出しているといっても過言ではありません。

POSSというのは「無機/有機のハイブリット材料」です。

この材料については以下のようなレビュー論文があるので、一度読んでいただくとその特異性がわかるかもしれません。
尚、レビュー論文というのはその道の専門家が最新の研究動向などを述べる総集編のような論文で、全体概要を理解するには優れた情報媒体といえます。

Ebunoluwa Ayandele et al, Polyhedral Oligomeric Silsesquioxane (POSS)-Containing Polymer Nanocomposites, Nanomaterials. 2, 445 (2012)

 

POSSの構造式は上記論文のFigure 1を見ると良いでしょう。

かご型シルセスキオキサン(POSS)はGrapheneの表面処理に使用される

Referenced by Polyhedral Oligomeric Silsesquioxane (POSS)-Containing Polymer Nanocomposites

O-Si-Oというシロキ酸構造がかご型になっているのを確認できます。

実際にはモノマー(重合する前の原料となる化合物)濃度、溶媒、温度、pH、含水量、酸塩基触媒の種類等によって、八角柱(T8R)、十角柱(T10R)、十二角柱(T12R)のような形があるようです。

上記で触れたFigure 1はT8Rの構造だと思います。

POSSはSiO2であるシリカとR2SiOというシリコーンの中間であるため、

「有機物に親和性を持つ無機物」

という大変特異な性質を示します。これが無機物であるGrapheneと有機物のエポキシ樹脂をつなぎ合わせることを可能としているのです。

 

POSSで発光性化合物の創出や金属錯体構造制御などの機能発現も可能

POSSをテーマに研究されている研究室もあります。

以下の京都大学の研究室が一例です。

田中研究室 京都大学大学院工学研究科 高分子化学専攻重合化学分野

いくつか興味深い研究例が紹介されており、
今回のエポキシへのPOSS導入と類似したポリスチレンやポリメタクリル酸メチルの熱的、機械特性の向上に加え、POSSの導入による分子間相互作用抑制による耐熱性を有する高発光性化合物の創出、銅のデンドリマー錯体にPOSS骨格導入によって配位形式が変化し、その効果により錯体構造が制御されるといったものが述べられています。

※デンドリマー:多分岐モノマーが外殻に向かって規則正しく配列した球状高分子のこと

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

今回はスキー向けのFRPのマトリックス樹脂へのPOSSで表面処理したGrapheneを適用するということについてご紹介しました。

Grapheneは既にFRPの添加剤として適用実績がありますが、今回のGrapheneは今までのものと比べて技術的な情報が明確に述べられていると感じます。

※関連コラム

Graphene を熱可塑性発泡ポリウレタンに添加した 安全靴 の保護材へ適用

FRP学術業界動向 – Graphene の FRP への活用

Graphene および Carbon nanotube で強化された超高強度天然繊維の研究

 

Grapheneの表面処理にPOSSが使われているというのも貴重な情報だと思います。

ケイ素を主成分としたシランカップリング剤も存在しますが、
これらも今回と類似コンセプトの添加剤となります。

無機と有機を結びつけるというのはFRP業界に限らず多くの業界における関心ごとの一つです。

POSSは発見されてから80年近い年月が経過していることもあることから、
更に新しい世代の技術の登場を期待したいと思います。

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