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金属被覆バサルト繊維を用いた電磁波シールド

2025-08-04

今回は金属被覆バサルト繊維を用いたFRPを含む複合材料による電磁波シールドということについて、
当該シールド性能評価の基本も含めて新たにリリースされた製品をご紹介します。

 

 

電磁波シールド向けはバサルト繊維をアルミニウムで被覆したALUCOAT

金属被覆バサルト繊維(ガラス繊維も製品ラインナップにあります)は、より具体的に言うとアルミニウムで被覆したものです。

製造・販売を行う企業のHPを基本に概要をご紹介します。

 

FIBRECOATの概要

本製品を展開するのはRIBRECOATという2020年設立のドイツ新興企業です。

RIBRECOATのHPで概要を見ることができます。

 

内容を見ていただけるとわかるように、
2014年から被覆繊維材料の研究開発をRWTH University(アーヘン大学)で進め、
2020年にスピンオフ企業として誕生したとされています。

地元アーヘンだけでなく、ジョージアにも生産拠点を有しており、
2025年3月には中国への展開を視野に代理店を設定するなど、
拡大路線を進んでいる印象です。

※参考情報

FibreCoat Expands into China with Full-Case as Distributor

 

アルミニウム被覆のバサルト繊維で電磁波シールド用途が主力の印象

ガラス繊維をPPで被覆した製品もあるようですが、
FIBRECOATの主力製品はアルミニウムで被覆したバサルト繊維のようです。

前出の通りガラス繊維を基材としたものもありますが、
特にバサルト繊維を基軸においている印象を受けます。

以下の INAM (Innovation Network for Advanced Materials) の場でFIBRECOATが自社紹介プレゼンをしている2022年配信の動画を見ることができますが、バサルト繊維をアルミニウムで被覆した繊維を中心とした紹介になっているのが分かります。

上記の動画を参考に概要を述べます。

 

用途については民用が中心だが稼ぎ頭は軍需と予想

動画によると以下のような用途があると紹介されています。

  • 自動車:EVバッテリーケースなど
  • 建築:電波塔など
  • フィルタ
  • 強化材
  • 機能繊維

これらの業界は単価が安いため、後発参入での採算性はあまりないと考えています。
恐らくこの企業の稼ぎ頭は後述するような”軍需”だろう、
というのが私の考えです。

 

バサルト繊維紡糸から金属被覆、サイジング処理まで一気通貫

バサルト繊維の紡糸から金属被覆、
そしてサイジング処理まで一連工程として対応可能で、
生産量は一日当たり30から100kgに達するとのことです。

先述の通りジョージアをはじめ複数拠点を構え、
また動画中にもあるように2022年度時点で4つのラインで年間5トン程度の生産力まで高め、
追加でジョージアをはじめとした地域で当該ラインの追加をすることで、
さらに高めていくという話がでています。

3年経過した今年2025年は、順調にいっていればですが年間生産量は二桁トンに達しているかもしれません。

 

ALUCOATの特徴は高生産性による低コスト

ALUCOAT(アルミニウム被覆のバサルト繊維)は機能材として売り出している一方で、
意外にも売りにしているのは”コスト競争力”です。

1500m/minという生産力と4kWh/kgという生産エネルギー抑制を武器に、
通常類似にものを得ようとすると600ユーロ/kgになる単価を大幅に抑えられる、
ということを主張しています。

動画の聴講者がどちらかというとビジネス寄りの方が多かったためかもしれません。
最後の質疑応答でも資金調達や製造戦略に関するもので、
技術的なものはありませんでした。

その質疑応答の中で製造についてパートナー企業を探索する意思があると表明するなど、
内作にこだわらない戦略を掲げることも、
コスト抑制に一役買っているのかもしれません。

 

ALUCOATの供給形態は主に3通り

繊維をボビンに巻いた状態、織物、または複合材料として提供すると動画中で述べられています。

最新情報をHPで確認すると、チョップ材、織物、不織布といった形態での提供もあるようです。

※参考情報

Products/ALUCOAT

 

次にALUCOATの用途についてみていきたいと思います。

 

 

自動車、建築、軍需、宇宙がALUCOATの主用途だが共通機能は電磁波シールド

ALUCOATの用途は以下のサイトでも述べられている通り、
自動車、建築、軍需、宇宙が主用途のようです。

※参考情報

Areas of Application

 

共通するのはALUCOATを採用する動機は”電磁波シールド”です。

電磁波シールドを本当の意味で求めるのは、
コスト要求の厳しい自動車や建築ではなく軍需と宇宙でしょう。

この中で特に数がある程度出る”軍需”を狙う、
というのは経営的な目線だと自然な発想です。

 

以下では軍需で求められる電磁波シールド特性について、
もう少し具体例を見たいと思います。

 

軍需用途だと精密機器の筐体や移動する構造物に加え、欺瞞紙(チャフ)がある

電磁波をノイズとして嫌う精密機器を保護する筐体は電磁波シールド性能が求められる主用途の一つですが、それ以外に個人的に興味があったのは欺瞞(ぎまん)紙、いわゆるチャフ(chaff)です。

デコイ(decoy)の一種とみていいと思います。

※関連コラム

Eurofighter 向け towed decoy への CFRP 適用

 

チャフは電波による誘導兵器を錯乱させることが可能

昨今の戦闘で良く用いられるのが誘導性能を有する兵器です。

戦闘機の排熱など、赤外線センサを用いて熱に反応して追従する兵器を錯乱するためにフレアがあるように、電波で追従する兵器に対してはチャフが存在します。

チャフは一言でいえば拡散して煙幕のようなものを作って電磁波を反射させ、
誘導兵器にターゲットを見失わせることが狙いにあります。

チャフについては以下のような動画を見ていただくとイメージがわくかもしれません。

電磁波を反射できる細かい材料を大気中に飛散させることで、
レーダー上でいうと様々な反射を起こさせます。

技術向上により、昨今は誘導兵器側の追従性能も向上しています。

例えば戦闘機がチャフを使った場合、
両者(戦闘機とチャフ)の速度差から継続して高速移動するものを狙う、
さらには画像認識を組み合わせて航空機の形状を有するものを狙うといったことが当たり前になっているようです。

チャフを実際に使用している様子は動画でも見ることができます。

※戦闘機の場合

※船舶の場合

 

今回取り上げているALUCOATの繊維を束にし、
打ち上げ後に飛散させれば、
細かい誘電体が発生することになります。

ALUCOATのチャフとしての用途はこのように導電性を有する繊維を飛散させることで、
電磁波を反射させるという役割をさせるものと考えます。

次に電磁波の反射を含む、電磁波シールドについて触れます。

 

電磁波シールドの概要

これは以下のサイト(動画含む)が大変わかりやすかったです。

 

※参照情報

電磁波シールドの原理 / EMC村の民

 

上記を参考に抑えておきたいポイントを抜粋して述べます。

 

電磁波シールドは吸収・反射・多重反射の3種の損失の合算

電磁波シールドはシェルクノフの式というものを基本に語られています。
これによると当該シールド性能は吸収、反射、多重反射という3つの現象の合算で表現できるとのこと。

それぞれ、A、R、Bとするとそれぞれ以下のような式で示されるようです。

シェルクノフの式

f:周波数 t:厚み σ:導電率 μ:透磁率 表皮効果:δ 波長:λ

例えばA(吸収)については以下のレビュー文献の式(5)に同じものが認められます。
シェルクノフの式はこの業界では一般的なものとみていいと考えます。

Jonathan Tersur Orasugh etal, Functional and Structural Facts of Effective Electromagnetic Interference Shielding Materials: A Review, ACS OMEGA, 2023, 8, p.p.8134

上記の文献ですが、様々な高分子のEMIシールド特性も一覧として表示されており、
データ参照元としても活用できるかと思います。

レビュー文献は一般的な学術論文と異なり、
様々な学術や技術の情報を俯瞰して見る際にも活用できることは、
知っておいて損は無いでしょう。

歴史あるコアジャーナルでレビュー論文を投稿できるのは、
学術界で認められた一部の専門家に限られるというのは、
その世界では一般常識といえるかもしれません。

 

電磁波シールド特性は導電率と比例関係にある

電磁波シールド特性は主に反射損失を中心として評価するようですが、
吸収損失含め”導電率”が式中に含まれることに留意しておくことが肝要です。

導電率の高い材料はシールド特性がたかく、
ALUCOATもアルミニウムを被覆材として選択した理由はここにあると考えます。

導電性に加え、調達性やコストも考慮していると想像します。

 

シールド性能を有しているというためには最低でも10から30dBの低減が必須

私は知らなかったのですが、シールド性能をうたうには相当の性能が必要のようです。

前出の参照情報によると、
10から30dBはシールド性能でいうと”最低限の効果”と書かれていました。

10dB低下するということは70%程度の電磁波のレベルが下がることであり、
30dB低下になると97%程度の同レベル低下になります。

平均以上である60dBの低下を実現するということは、
99.9%程度の同レベル低下が必要となります。

なお最高水準のシールド性能である90dB低下は99.997%の電磁波レベル低下とのことで、
ほぼ完全な遮蔽に近いといえるでしょう。

電気電子の世界は材料力学の世界と違い、
大変厳密な数値で評価することを感じました。

 

次にALUCOATのFRPへの適用について触れたいと思います。

 

 

ALUCOATとPMMAを主としたマトリックスを用いた複合材で狙いのシールド性能を実現

ALUCOATをFRPの強化繊維(充填材)として用いる取り組みも始まっているようです。
参考にしたのは以下の記事です。

FibreCoat develops radar-absorbing fiber-reinforced composite

 

これによるとまだコンセプト実証段階であるものの、
ALUCOATをフィラー状にしたものにPMMAとCNTを混錬したマトリックスを合わせ、
複合材料にすることでX線領域の8から12GHzの電磁波遮蔽を目指したようです。

計算によるとその遮蔽率は-40dB(99%の電磁波レベル低下)を実現し、
さらに曲面や斜面を持った形状の状態であってもその性能は高く、
Transverse Electric (TE) modeというモードの60°方向、
並びにTransverse Magnetic (TM) modeというモードの45°方向でも-10dB(約70%の同レベル低下)を実現したと書かれています。

なお、TEやTMというのは主にマイクロ波の伝送に使用される中空導波管のうち、
その断面が長方形であるものの伝送モードのことを言うようです。

 

FRPにすることによる軽量化を武器に厚手形状にして重量を抑制しながら幅広い周波数帯の遮蔽に応用

既述のシェルクノフの式の吸収減衰の式にあるように、
遮蔽物の厚みが厚いほど遮蔽効率が高まります。

これを念頭に電磁波シールド特性を高めるために厚くすることは一つの戦略ですが、
課題となるのがその重さ。

FRPであれば重量メリットが出せるということで、
現在、厚手形状のもので幅広い周波数帯の遮蔽(シールド)を目指して研究中とのことです。

 

上記のようなALUCOATを用いたFRPは2025年内に上市すると書かれており、
近いうちにその性能等が明らかになるものと考えます。

 

 

最後に

電磁波シールド特性発現による電磁遮蔽は、
通信技術が発展した情報化社会では不可欠なものです。

社会インフラの維持や例えばフレアが観測されるなど最近活発な動きを見せる太陽風への対策にも、
電磁波シールドはその役割を果たしているものと考えます。

※参考情報

2025年5月14日に2回、5月25日に1回のXクラスフレアが発生 / 情報通信研究機構

電磁波シールドによる宇宙衛星の保護はその一例といえるかもしれません。

上記参考情報のフレアでもGPSが大きく狂わなかったことにも、
衛星の電磁波シールドが一役買っていると想像しています。

シェルクノフの式をベースに電磁波シールド特性の基本をご紹介しましたが、
考え方や評価法も比較的シンプルと感じられたかもしれません。

 

技術的に言うと更なる発展を望みたいところですが、
残念ながらこの手の技術が発展する背景には常に”軍需”があります。

FIBRECOATも投資家から資金をうまく集めているようですが、
その理由も出口に軍事用途があるというのが一因であると推測します。
投資回収の見込みが立っているとも言えます。

基礎技術の研究を行う大学や研究機関は防衛という結局は軍需という方向性ではなく、
予算削減の逆風にめげず、本当の意味での動植物や環境を含む地球の保護という俯瞰的な観点で、
技術の向上に向けた研究を進めてもらいたいと切に願います。

 

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