電波透過性と静電気対策を実現した薄肉・軽量化CFRTPスマホ筐体
年代によっては保有率が100%を超え、一人一台以上になりつつあるスマートフォン。
もはやインフラの一つと言っても過言ではありません。
通信機能や処理速度以外で、このスマートフォンに課せられた使命が薄肉化と軽量化です。
この課題をCFRTP(熱可塑性炭素繊維強化プラスチック)で解決しよう、
という取り組みについてご紹介します。
Carbon Mobile GmbH がリリースした薄肉・軽量化CFRTPスマホ筐体
Referenced by Carbon Mobile GmbH HP
CFRTP製の薄肉・軽量化CFRTPスマホ筐体をリリースしたのは、
Carbon Mobile GmbH というドイツの新興企業です。
この企業のリリースしたCFRTP筐体のコンセプトの根底にあるのは、
製品の製造から廃棄までのトータルライフをループのようにつながった流れにし、
地球環境保全に貢献するということです。
この辺りは以下の動画に概要が述べられています。
電気製品だけで毎年5000万トンのゴミが出て、そのうち80%は埋め立てられてしまう、
といった課題提起はなかなかインパクトがあります。
埋め立て量削減に向け、
リサイクルを含むマテリアルライフアセスメントはFRPに課せられた大きな課題の一つです。
・関連コラム
「 機械設計 」連載 第十六回 FRPリサイクル の現状と課題、そして必要な取組み
FRP学術業界動向 CFRPリサイクル を目指した分解可能なアセタール架橋サイジング剤
Carbon Mobile GmbHの示す地球環境への取り組み
今回ご紹介するスマホ筐体については、
高強度、高剛性の炭素繊維を強化繊維とした熱可塑性複合材料を適用することで、
薄肉化して使用する構造部材を減らすということが環境保全という観点ではポイントといえます。
以下がCFRTP製スマホ筐体に関連する取り組みの要点です。
– Cloverly (Atlanta, Ga., U.S.)と連携し、植林によって輸送時の二酸化炭素排出をキャンセル
– Cleanhub (Berlin, Germany) と連携し、スマホ1台当たり500gの海洋プラスチックを除去し、使用される樹脂材料(高分子材料)量を相殺
(恐らく清掃活動を通じて、プラスチックのゼロエミッションを達成したいという意味ではないかと理解しています)
– 旧モデルをメーカに返却した場合、Carbon Next Recycling Programを通じ、2022年の新モデルは400ユーロ割引
– 廃棄物を減らすため、返却されたスマホについて機能部品の再利用、CFRTPはリサイクルを実施
画面が5.7インチサイズで筐体の厚みは6.3mm、重さは120gと、
一般的な同サイズの筐体と比べて厚みは25%、重さは32%程度の削減に成功しているようです。
FRPのスマホ適用で課題となってきた電波透過性と静電気対策
今回FRPが適用されているのはスマートフォンという、
高性能電子機器になります。
そのため構造部材を念頭に置いた機械設計以前に、
電気特性が重要となります。
Carbon Mobile GmbH は hybrid radio-enabled composite material technology / HyRECM という技術で、
これらの課題解決に取り組んだとのこと。
ここでいう課題のうち特に重要なのが、電波透過性と静電気対策です。
課題解決のキーとなったのが導電性塗料
CFRPは電波透過性や導電性があまり高くありません。
例えば電波透過性について、過去に Mercedes SL のラゲージドアにFRPが使われたことを紹介しましたが、
この時の強化繊維はガラス繊維であることに触れています。
ラゲージドアの内部にアンテナを内蔵させるための対応です。
・関連コラム
はじめてのFRP-炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の 導電性 について
Mercedes SL Roadster のラゲージドアへの SMC 採用
CFRP筐体の冒頭の紹介動画をみると矩形波のような溝に沿って、
灰色のペーストのようなものを埋めているシーンが映っていると思います。
恐らくこのペーストが「導電性塗料」です。
CFRTP enables Carbon Mobile to build better, greener smartphones
上記の記事によるとこの塗料を既定のパターンで導入することで、
繊維の配向に依存して異方性を示していた導電性を等方性にできたと書かれています。
このようにして回路基板、アンテナ、金属製ハードウェアを、
導電性を有するCFRP筐体である接地板に一体化させるということが可能となったようです。
筐体が導電性を持つことで接地が可能となる
CFRTP筐体が接地板、つまりアースとして機能するのであれば、
ESD保護素子(例えば、バリスタ、サプレッサ、アレスタ、TVSダイオード)と組み合わせることで、
静電気対策もできることになります。
バリスタを一例とすると、
両端子間にかかっている電圧が低い状態(定常状態)では電気抵抗が高く、
規定値以上の高電圧がかかる状態(静電気等による高電圧と過電流発生)になると、
急激に電気抵抗が低くなることで接地側に電気を逃がすという性質があります。
過電流保護回路については、以下のような動画もあります。
以上の通り筐体自体が導電性を有するということが、
スマートフォンの構造部材適用に向けた課題解決の第一歩だったといえます。
筐体の部材には綾織りの organosheet を細かい部分には射出成形向けPA6を採用
次にFRP材料に関連する部分を見ていきます。
使用したのは Lanxess の綾織り(3K/3K/1K)の炭素繊維強化熱可塑性シート材。
熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂とし、強化繊維に織られたものを使用したFRP材料は organosheet と呼ばれます。
織り方が綾織りなのは設計的な意図というよりも、
最低限の形状維持とドレープ性(形状追従性)に加え、
外観的なもの、すなわち意匠性を意識したものと考えます。
マトリックス樹脂はポリウレタンです。
熱可塑性タイプと書かれています。
筐体の内側にあるレンズ固定、アンテナ収納、ヘリサート、側面形状等の細かい部分は、
短繊維のガラス繊維をフィラーとして含むポリアミドの射出成形で成形するとのこと。
organosheetの成形と射出成形という異なる2工程が必要になるため、
できれば金型ひとつで両方とも終わらせたいと考えるかもしれません。
しかし、上記で紹介した Composite World の記事によると、
金型を無理に一つにしようとすると金型が大変複雑になったため、
金型を2つ使用するという工程を採用したと述べられています。
organosheetの変形はスマホ画面になるガラスの一体化の際の大きな課題となるため、
この変形を抑えながらの射出成形が最大のポイントではないかという印象です。
このやり方でも現状1筐体について成形が3分程度ですが、
将来的にはハイブリット型(恐らく型を分けずに一種類にする)にし、
成形時間を1分程度まで短縮化したいというのが狙いにあるようです。
では、今回の記事に関連して考えるべきことは何でしょうか。
異なる成形工程では異なる型設計の考え方が必須
今回のCFRTP筐体成形においては筐体の主な部分であるorganosheetの成形と、
インターフェースなどの詳細部を成形する射出成形を組み合わせています。
organosheetの成形は材料を入れてから型を閉じるオープンモールド、
射出成形は型を閉じてできた空間に材料を注入するクローズドモールドであり、
成形のコンセプトが全く異なるといえます。
これらを一体化した方が何となく効率が良いような気がしますが、
厳密な事を言うと金型の設計や公差設定から異なる部分が多いのが実情です。
オープンモールドとクローズドモールドの型設計に対する考え方の違い
一例として型閉じ部分、いわゆるパーティングラインについては、
射出成形では中身が何もない状態で型を先に閉じることが前提のため、
パーティングラインはきちっと閉まる状態で狙い値になることが前提。
また型割りにおいてナイフエッジのような応力集中が起こる形状も、
型閉じの状態で破壊しない様、他の構造部で支持できるのであれば問題ありません。
しかし、オープンモールドは中に何かある状態から型を閉じなくてはいけません。
型が閉じ切った状態で狙い値/norminalにしてしまうと、マイナス側の公差(材料がやや不足した状態での型閉じ)は使えないことになります。
パーティングラインが閉じ切った状態からさらに型を押すことは、型同士の接触のため不可能だからです。
よって、オープンモールドではパーティングラインの設計はマイナス側の公差も使えるよう設定します。
(これが余剰材料の型外流出、つまりバリの原因でもあるのが悩みの種です)
更にナイフエッジのような形状は大変危険です。
材料が先にナイフエッジのような型の先端に接触すると、
型閉じの途中に強い曲げ荷重がかかり金型を破壊することがあります。
FRPは今回のような炭素繊維を用いる場合、
その繊維自体がかなり硬いものとなるため型の温度と圧力で押し切ることは困難です。
これはCFRP部品の試作で私が実際に経験したことです。
何でも一体化のような効率化が正義というわけではないのです。
今回の記事で述べられていた内容には、
恐らく上記のような試行錯誤が含まれているものと考えます。
ユーザが直接持つものは薄肉・軽量化のメリットを訴求しやすい
一時期流行った自動車の軽量化による燃費向上と比べ、
ユーザが直接持つものについては薄肉・軽量化のメリットが圧倒的に大きくなります。
ダイレクトにそのメリットを痛感できるからです。
この辺りの考え方は過去に述べた腕時計でも同じです。
・関連コラム
このように徹底的にFRPの強みである軽量化を訴えかけやすい製品を狙い撃ちする、
というのは製品コンセプト設計として定石であるといえます。
FRPは外観製品に使われるのが苦手
これは感覚として徐々に理解が浸透しつつありますが、
FRPというのは基本的に外観が美しくありません。
FRPの特性を活かすために剛性と強度向上を目的に強化繊維量を増やせば、
外観性能はより低下する方向になります。
強化繊維の増加に伴い、相対的に少なくなったマトリックス樹脂は表層に存在する確率が低下し、
繊維固有の凹凸や織目等がピンホールとなる、樹脂が十分に含浸しないスターブ状態等が起こります。
特にスマートフォンのような高い外観性能を発現する金属や樹脂単体(射出成型のGFRP含む)が現行の筐体材料である場合、
それを基準とされるために、ちょっとした外観不良も許されないということになりかねません。
本当にきれいな繊維の織目が欲しいというマニアの方向けには意匠シールが一番いい、
というのが私の意見です。そこは感性の話であり、技術的な議論は必要ありません。
FRPは外観的に前面に出る主役というよりも、日の当たらない土台のような脇役が似合う素材ともいえます。
時間がかかるのは成形より加工
今回は射出成形という高速成形技術を採用し、
organosheet成形を含めて3分程度の成形時間達成というのはFRPの世界でいうと高速成形の部類に入ります。
しかし盲点といえるのが、
「実際のFRPものづくりで時間がかかるのは成形ではなく、加工である」
ということです。
例えば以下に示したしたCFRTP筐体に関する動画の中で、
一瞬だけ加工の様子が映っています。
これは導電性塗料を流し込む溝の加工や、
成形後に形状外側に生じる不要なバリの取り除きが目的で行われると思います。
しかし、加工部分の動画が早送りであることに気が付いたでしょうか。
あまり早く加工しようとすると繊維と樹脂の間の剥離が生じる等の問題があるためです。
この加工が大変面倒で小さくて複雑形状なもの等、
「場合によっては機械でやるよりも人の手でやった方がはるかに速い」
ということが、実際の製造現場でも多々起こります。
工程でどこに時間がかかるのか、ということを俯瞰的かつ冷静に見極める必要があります。
電気的な特性の理解を深める
これからの時代において、大なり小なり様々なものが電気で動くものに変化していく可能性が高いと考えています。
これによって、多くの電動化製品が生まれていくでしょう。
どのような高性能な製品であっても形がある以上、必ず構造部材が必要となります。
そして電気的な機能を有する製品では、構造部材そのものも電気的な特性を評価されることになります。
構造部材が電気的な機能を阻害することがあっては問題となるためです。
今回のスマートフォンの筐体でも、電波透過性等が必要な性能として述べられています。
このように、細かいことは別としても関連する技術について興味を持ち、
基礎的な考え方を理解した上で実際に評価を行うといったことが、
これからは材料メーカや構造設計担当者にも求められると考えます。
FRPの適用事例理解の一助になれば幸いです。