堅牢な腕時計 G-SHOCK に用いられるFRP
普段多くの方が身に付けられるであろう腕時計。
この腕時計にもFRPを使用している例があることについて、
ご存じない方もいらっしゃるかもしれません。
過去には以下のようなコラムで、腕時計へのFRP適用をご紹介したことがあります。
いくつか事例がありますが、今回は最近リリースされた、
CASIOの G-SHOCK ラインナップの一つである MUDMASTER GWG2000 を例に取り上げてみたいと思います。
G-SHOCK MUDMASTER GWG2000 の概要
リリース記事は以下の所から見ることができます。
G-SHOCK Expands MUDMASTER Series With Innovative Thinner Forged Carbon Models
上記のリリース記事でも書かれていますが、本製品最大の特徴は、
「従来製品よりも薄い」
ということです。
具体的には時計部分の厚みが16.1mmで、従来製品よりも1.9mm薄くなったとのことです。
本製品の概要については以下の動画がわかりやすいです。
上述のリリース記事に書かれている特徴は、以下の通りです。
Shock Resistance
200M Water Resistance
Full Auto LED (Dual)
Daily Alarms
1/100th Sec. Stopwatch (24Hr)
1/1th Sec. Timer (60m)
Full Auto Calendar
World Time (29TZ, 29Cities+UTC)
どれも、G-SHOCKとしては当たり前になりつつあるような性能です。
CASIOは早い段階からFRPを適用
CASIOは腕時計へのFRP適用に対してどちらかというと積極的な印象です。
主にFRPが用いられるのは、筐体とベゼルと呼ばれる風防の周りに取り付けられる円形状の部品です。
例えば以下のMTG-B2000。
MTG-B2000のページ
https://gshock.casio.com/jp/products/mt-g/mtg-b2000ybd-xd/
235枚積層のCFRP/GFRP積層体から削り出すことで、筐体を成形しています。
ガラス(GRRP)を入れているのは、画像にも出ている赤色を出すためだと想像します。
CFRPは黒色なので基本的には色がつきません。
ただ、以下のような例外もあります。繊維が白色であれば着色は可能です。
見える模様から使われているのは恐らく炭素繊維の平織で3K。
一般的にカーボンと呼ばれる名称にふさわしい外見を得るにはこの仕様が無難です。
SUSの筐体と比べて77%の軽量化に成功している上、
冒頭紹介した過去のコラムでも述べた通り、
剛性の向上により変形による埃や泥の内部侵入を防ぐ効果も狙っていると考えます。
ベゼルは最も目立つ位置にあるため、平織の織目がきれいに出るよう、
厳しい外観要件が課されているものと推測します。
このように過去の製品においてもベゼルや筐体にFRPを使いながら、
150,000円前後というハイエンドの製品を世に出しているのがCASIOの歴史の一つといえます。
GWG2000に適用されたFRP
ここでGWG2000に適用されたFRPについてみてみます。
一番の売りである薄さを実現するため、
筐体にFRPを使うという方向性に大きな違いはありません。
ただ、GWG2000ではCFRPのみを用いており、GFRPは用いていないようです。
これは、筐体への色付けが不要なのがその背景にあると想像します。
そしてベゼル成形にもFRPが用いられていると書かれています。
ただ、ここで興味深いのは、
「a forged carbon bezel」
という表現です。
Forge というのは金属の板金成形に使う用語です。
通常、forgingというと板金プレスのイメージとなります。
何故、わざわざforgeという単語を使ったのでしょうか。
それは、
「使用しているFRPが熱硬化ではなく熱可塑性マトリックス樹脂をベースとしたCFRPである」
ということを強調するためです。
実際にGWG2000のベゼルの画像を見ると、
これまでの平織ではなく、不規則な繊維配向をしているのがわかります。
これは恐らくランダムに繊維が配向したFRP、つまりランダムマット材を用いている可能性があります。
この材料は複雑形状への繊維充填がしやすいというメリットがあり、
成形時の粘度の高いという熱可塑性CFRP(CFRTP)の特性を踏まえた対応であると考えます。
GWG2000の紹介ページには、ベゼルは高温高圧で成形しているという熱可塑性CFRP成形に触れた上で、
航空機にも用いられる材料を用いているとのことですので、
もしかすると炭素繊維と組み合わせて航空機への適用実績のある、
PEEK等のスーパーエンジニアリングプラスチックをマトリックス樹脂として用いているものと想像します。
ベゼルの拡大画像を見ると、成形物のエッジ部分には白濁した樹脂が見えており、
結晶性高分子であることがわかります。この点も上記の推測の裏付けの一つとも言えます。
尚、スーパーエンジニアリングプラスチックをマトリックス樹脂として適用したのは、
エンジニアリングプラスチックの代表格であるPA等は吸水による物性や寸法変化の恐れがあること、
汎用プラスチックでは強度や剛性が不足する、炭素繊維との界面接着特性が低い等の問題があったのかもしれません。
GWG2000に関する以下の動画を見てみます。
この中でFRP製の筐体である Carbon Core Guard Structure についても紹介されています。
特に何も述べられていませんが、こちらはオーバーモールディングの可能性があります。
連続繊維を基本とした熱可塑CFRPで輪郭形状を成形した上で、
その上から短繊維のガラス繊維か炭素繊維の材料を射出成形して上述の成形体を覆うことで、
筐体の複雑な形状部分を成形している可能性があります。
外観上、繊維がほとんど見えていないこと、
艶消しのような光沢であること、
更には加工ではなく型成形で形状を作っているように見えるという外観上特徴から、
上記の成形方法ではないかと推測しました。
上記の推測が正しければ、筐体の加工はほとんど必要ないことになります。
射出成形はニアネット(最終形状に近い形)での成形になるためです。
このような工程と材料変更の努力により、
GW2000は耐久性を維持しながら高剛性化により筐体を薄くし、
またMTG-B2000と比べると半額近い$800での販売が可能になったものと考えます。
いかがでしたでしょうか。
腕時計というのは日々つけるものですので、
重量はダイレクトに使用者へ影響を与えます。
特にG-SHOCKのように耐久性が求められる腕時計は大型化しやすく、
軽量化のニーズがあったというのがFRP適用の明確な動機付けの一つになっています。
更に、高剛性化というFRPの特性を活かした厚み低減も興味深いアプローチです。
衝撃負荷時の変形低減による故障リスク低下はG-SHOCKのような製品の生命線であり、
そこにFRPがうまく適用されているというのはFRPの他展開の参考になると考えます。