CF/PEEKのFRPを用いたSTIヘッドピンの実用化
FRPの医療業界への適用の例として、最近リリースのあったCF/PEEKのFRPを用いたSTIヘッドピンについて取り上げたいと思います。
医療業界とFRPは無関係ではない

FRPにとって医療業界はそれほど遠いものではありません。
手術の計画を予め詳細検討するため、
X線CTなどで取得したデータをstl形式に変換し、
それを3D printingで臓器を成形する例をご紹介したことがあります。
※関連コラム
最近の情報技術の進歩は目覚ましく、
コラムでご紹介した時点でもモデル修正と臓器の場所ごとに色を変更するセグメンテーションを、
自動かつ高速で実行することが可能となっていました。
これにより、手術予定の臓器を目の前で立体物として得られることに加え、
臓器の詳細個所を色分けすることで手術計画を事前に詳細まで詰めることが可能となっています。
造形には熱可塑性樹脂とガラス繊維を用いたGFRTPが使われています。
目的は成型物の耐久性とWarpingなどによる形状変形を防ぐことにあります。
STIヘッドピンの概要
今回ご紹介したいCF/PEEKのFRPを用いたSTIヘッドピンについては、
以下のリリースに概要が述べられています。
※参考情報
STIヘッドピン初の臨床使用に関するお知らせ/Spine-tech Inc.
主導しているのは病院内に設立されたスタートアップ企業
Spine-tech Inc.という企業のコンセプトとして、
”カーボン繊維強化樹脂によるメイドインジャパンの高性能医療機器を世界に
脊椎手術・脳神経外科手術の世界で新しい医療機器の創出を目指しています”
と書かれています。
※参照元
FRP業界だけでなく、医療業界の強靭化という観点でも共感できる内容です。
住所を見ると慈恵大学内とのことで、病院内に立ち上げられたスタートアップ企業だと考えます。
新規参入の難しい医療業界での実績とノウハウがあることにより、
第一種医療機器製造販売業、医療機器製造業といった許認可をもっているのは強みに違いありません。
STIヘッドピンとは
前出の参考情報によると、
”(脳神経外科手術における)術中に患者頭部を強固に固定するため、患者の頭蓋骨を三点で支持する手術器具”
とのことで、固定部品のようです。
より具体的には以下の参考情報のFig.1にある”tow pin (TP) side with force sensor、single pin (SP) side with force sensor”と書かれている部品に該当すると思います。
※参考情報
頭部を固定するのは検査のため
同様に冒頭の参考情報によると、
”術中CT撮影やナビゲーションシステムとの併用”
とあり、常に手術部位の正確な情報を医師にフィードバックさせる必要があるようです。
例えばX線CTの検査経験のある方であれば分かりますが、
「動かないでください」
という指示に加え、頭部検査の場合は治具で固定されるはずです。
X線CTはX線を透過させた画像を複数アングルで取得し、
特定のアルゴリズムに則って3D画像に再構成します。
各断面の画像は詳細なX線画像ですが、
3Dで見える画像はある程度圧縮したものであるため、
全体を見る、位置を見るのは3D、詳細を見るには必ず断面画像を使うのが、
今でも検査方法の基本だと思います。
この透過画像を取る際に被検査者が動いてしまうと、
一般的な写真画像同様ぼやけてしまいます。
そのため固定が必要で、脳神経外科手術中にその役割を果たすのがSTIヘッドピンとのことです。
STIヘッドピンに何故FRPを用いたのか
ここで疑問に感じるかもしれないのは、
何故STIヘッドピンをFRPにしたのかという動機です。
ここはいくつかの観点から述べてみたいと思います。
X線は密度差をコントラストとして出すため密度の大きい金属はハレーションが大きくノイズも出やすい
X線は密度差をコントラストとして表現するものです。
密度が大きいものほどX線が透過しにくく、
逆もまたしかりです。
被ばくを抑えるため、鉛のチョッキなどを着用するのも密度の大きなものでX線を遮蔽することが目的です。
ここで頭部をSTIヘッドピンで固定した状態でX線CTを検査する場合を考えます。
仮にヘッドピンの素材が金属の場合、人体組織と比べ金属は密度がかなり大きいため、
当該金属部分のX線画像は他と比べてかなり明るく見えます。
その結果、仮にSTIヘッドピンが金属製だとX線CTなどの画像でアーチファクトと呼ばれる、
いわゆる虚像のようなものが出てしまい画像化の障害となるのです。
アーチファクトといってもよく聞くメタルアーチファクトやリングアーチファクトに加え、
コーンビームアーチファクトといったものもあるようです。
※参照情報
用語集 アーチファクト/アーティファクト / 松定プレシジョン
よってヘッドピンの材質をより密度の低いもの、
一例としてよりX線の透過しやすいFRPに変更することで、
頭部検査中のノイズを減らし、述部を正確に画像化することが可能になる。
これがSTIヘッドピンのFRP化の動機です。
この辺りは、過去のコラムでも少し触れたことがあります。
※関連コラム
医療 製品へのFRP応用を狙う Fraunhofer Institute
これ以外にも金属アレルギーリスク低減といった観点もあることが、
前出の参考情報に述べられています。
使用したのはCF/PEEKのCFRTP
STIヘッドピンに用いられたのはCF/PEEKとのことです。
強化繊維やPEEKのグレードなどについての情報は示されていません。
前出のX線透過性に加え、強度特性、並びに生体適合性と安全性が、
当該材料選定の背景にあると参考情報で述べられています。
この辺りは後述する考察でも触れたいと思います。
CF/PEEKのSTIヘッドピンは購入可能
ここで紹介したSTIヘッドピンは既に臨床で使用されその実用性が確認されています。
また購入も可能とのことです。
※参考情報
A5800 整形用機械器具 クラスII(管理医療機器) 単回使用骨手術用器械 70962012 STIヘッドピン
これからさらに活用が広がり、標準使用になることを期待すると参考情報に書かれています。
今回の内容から何を考えるべきでしょうか。
人体に埋め込む医療材料の人体組織との同一重量化にFRPはポテンシャルがある
今回の医療機器設備への適用に加え、
個人的にFRP適用の範囲が拡大すると期待しているのは整形外科の領域です。
人工関節を例にすると、
従来のチタン代替の軽量材料という考えだけでなく、
「人体組織と同等の密度にする」
ことで、装着した人にとってより違和感のないものが重要と考えます。
FRPはマトリックス樹脂に充填材を入れることによって密度調整が可能であり、
この密度に対する柔軟性が人体に埋め込む人工物を、
重量の観点でより人体組織に近いものへと進化させる一助になると考えます。
本点に加え、最近のトレンドとして人体組織と同等の自己修復性が求められていることなどは以下のコラムで述べました。
※関連コラム
このように、単なる軽量だけでなく”重量最適化”という設計思想も、
FRPであれば具現化できることを理解することは肝要です。
CF/PEEKと金属の特性差異
金属の代替としてCF/PEEKを適用する動機を考察するにあたり、
みておくべき技術的観点は、やはりCF/PEEKと金属の特性の違いだと考えます。
Spine-tech Inc.ではSTIヘッドピン以外に、
脊椎後方固定治具についても製品開発を行っていると書かれています。
以下の参考情報の前半に当該情報の記載があります。
※参考情報
現在の脊椎後方内固定器具の問題点/Spine-tech Inc.
人体の中に埋め込む医療部品を中心に樹脂としてはPEEKが使われることが多く、
その理由の一つは既に触れた通り人体適合性の高さが挙げられます。
恐らく脊椎後方固定治具もSTIヘッドピン同様CF/PEEKが用いられており、
医療材料としての汎用性、より具体的には医療機器にも人体に使う部品にも使えることが、
当該強化繊維/マトリックス樹脂の選定とつながっていると考えます。
参考情報では、以下の様な課題が述べられています。
- 日本人に適さない過大サイズ(恐らく海外製のため)
- 金属疲労により折れやすい
- 緩みやすい
- 術後のX線CT等の画像評価の障害となる
1はSpine-tech Inc.のコンセプトでも述べられていたこと、
4は既に述べたことに合致します。
疲労と緩みやすさについて、もう少し見ていきます。
疲労について
3の金属疲労により折れやすいについては、
実際のデータが手元にないので何とも言えません。
想定しているTiを例にすると、
Ti合金ではありますが以下の様な参考情報があります。
※参考情報
森 健一 他, チタン合金の疲労特性基盤研究, 日本製鉄技報, 2021, 418, p.p.97
最密立法晶(α相)、体心立方晶(β相)、またはその組み合わせという結晶形態や熱処理条件の違いはあるものの、参考情報内の図1の応力比-1のSN線図を見る限り疲労限を持っているように見えます。
疲労限を持つということは、動的な繰り返し疲労による特性低下はあるところで止まるということです。
振幅応力の数値を見ても人体に使用するということを考えれば、
構造部材としては見劣りしない特性値という理解です。
一方でFRPの疲労特性では、一般的には疲労限がありません。
さらに言うとTi等の金属ではあまり考慮しない”異方性”がFRPにはあり、
力のかかる方向に適切に強化繊維を配向させないと、
機械、物理特性が要求に達しないことも十分にあり得ます。
そして、FRP中の強化繊維の単位体積含有率によっても特性は大きく変化します。
極めつけはFRPについて疲労特性を”実測として”取得しているケースが極めて少数派で、
信頼に足りるデータが少ないことも懸念でしょう。
一概に金属と比べてFRPの疲労特性が高いとは言えないことに注意が必要です。
緩みやすさについて
疲労特性とも近い話ですが、こちらは動的疲労よりも静的疲労であるクリープの特性となります。
クリープについては、長期間にわたり力がかかり続けた場合の変形特性とご理解いただければ大きな問題はありません。
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クリープ特性について金属はFRPとは異なる観点での評価がポイントとなります。
その考え方の一つがホール・ペッチの関係という、
金属の結晶粒径と降伏強度に反比例の相関で金属ボルトもこの影響を無視できません。
このため、金属の結晶粒径の制御については多くの研究が行われています。
当然ながらFRPのマトリックス樹脂によるクリープは無視できないものの、
芳香族系高分子でスーパーエンプラでもあるPEEKの剛直性は静的疲労特性向上に貢献すると考えます。
また、常に引っ張られる荷重方向が分かっていれば、
その方向に炭素繊維をはじめとした高剛性の強化繊維を配向させれば、
FRPのクリープ変形を大きく抑制することも可能となります。
まさに異方性を活用した材料積層設計です。
このような設計思想が反映されているのであれば、緩みやすさを低減させることは十分に可能でしょう。
今回のSTIヘッドピンにCF/PEEKを使用したのは、
脊椎後方固定治具への適用も念頭に、
可能であれば同じ材料で別のものにも活用したい、
という技術の転用という戦略があったのではないかと推測します。
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最後に
生体適合性もあるPEEKと樹脂単体では不足する剛性や強度の観点から炭素繊維を組みあわせたCF/PEEKのFRPにとって、
医療業界での適用は注目に値します。
今回のSTIヘッドピンはもちろん、
人体に埋め込む脊椎後方内固定器具等への適用は、
その用途拡大の一例となっていくものと感じます。
医療業界は業界固有の承認制度などもあるため、
今回のように医療業界の企業が先導する流れが重要になっていくものと考えます。


