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FRP学術業界動向 加熱による自己修復を可能にする表面処理済みナノ粒子

2022-04-04

今日はFRP学術業界動向として、ポリウレタン向けの加熱による自己修復を可能にする表面処理済みナノ粒子ということについて取り上げてみたいと思います。

今回紹介する研究内容は以下の論文になります。
オープンアクセスの設定となっているため、
論文を読むこともできます。

Thermo-driven self-healable organic/inorganic nanohybrid polyurethane film with excellent mechanical properties
Haoliang Wang, Hui Wang, Junhuai Xu, Xiaosheng Du, Shiwen Yang & Haibo Wang
Polymer Journal volume 54, pages293–303 (2022)

この論文は、高分子の世界では著名なPolymer Journalです。

 

 

自己修復という考え方はFRPでニーズの高い考え方

何故自己修復というテーマを取り上げたのか、ということを先に述べてみたいと思います。

FRPは強化繊維とマトリックス樹脂を組み合わせた複合材料です。

そして強化繊維は炭素繊維やガラス繊維を中心とした無機物が主力である一方、
マトリックス樹脂は、樹脂という時点で高分子というある一定の構造式を有する化合物が、
長く連なった分子構造を有しています。

この高分子は長期利用によって、外的環境によって着実に劣化が進行します。

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また、FRPの損傷は層間剝離を中心とした外観検査では見つけにくい内部から発生、進展することが多く、
材料自身が自らの損傷を修復するという能力は、材料の信頼性を向上させるという観点からも重要です。

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このような背景も踏まえ、マトリックス樹脂となり得る高分子の自己修復というテーマについては、
比較的多くの大学、研究機関、企業などで取り組まれてきています。

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フランと末端をマレイミド基で修飾した水性ポリウレタンをベースに評価

今回ご紹介する研究論文での修復は、

「フランとマレイミド基の間の架橋反応」

をベースに進行します。フラン並びマレイミドの構造式を以下に示します。

フランとマレイミドの化学構造

Images above are drawn by FRP Consultant

これらは65℃という環境下において5員環同士がつながるという反応を起こします。

詳細については論文中の Scheme 1 の右下図をご覧ください。

さらにこの架橋状態は130℃という高温環境において、再度離脱する可逆反応のようです。
脱着が可能な架橋反応ということになり、不可逆反応(一度進行したら元の状態には戻れない)が一般的な架橋反応の中では比較的特殊な部類に入ると言えます。

この可逆的な架橋反応の基本コンセプトは別の文献である、
以下のものを参考に組み立てられていると述べられています。

Chen X, Dam MA, Ono K, Mal A, Shen H, Nutt SR, et al. A
thermally re-mendable cross-linked polymeric material. Science
2002;295:1698–702.

 

まずフランですが、これはSiO2のナノ粒子表面処理により導入します。

今回の主目的は上記の架橋反応を実現するための官能基であるフランの導入ですが、
ナノサイズの微粒子であるSiO2は、
後述する母材である水性ポリウレタンにフィラーとして分散させる必要があるため、
これらの分散性発現の役割もあります。

一般的に微粒子を樹脂などの高分子に分散させると、
機械特性や物理特性の改善が期待できる一方、
微粒子自体が水素結合によって凝集してしまうという難しさもあります。

 

フラン導入はこのような凝集を防ぐという役割もあり、論文中では

「有機物による側鎖修飾 / Grafting rates of organic groups」

がこの凝集回避のポイントになると記載されています。

この表面処理ではゾルゲル法を採用しています。

 

フランを「フラン基」として導入するのに用いたのが、フランにチオール基(R-SH)を有する、
furfuryl mercaptan (フラン-2-イルメタンチオール)です。

これと、SiO2の原料と反応させてSiO2のナノ粒子表面にフランの存在するものを合成したとのこと。

ゾルゲル法というのは、溶液状態から重合反応に伴ってゾル(コロイド溶液)となり、
そこからさらに同反応で分子量が増加してゲル(流動性を失ったゼリー状の固体)となる反応のことを言います。

 

このようにしてフラン基で修飾したSiO2のナノ粒子を準備しています。

この粒子のサイズは Dynamic Light Scattering (DLS)で評価しています。
DLSというのは液体中の微粒子の微小運動であるブラウン運動の周波数が、
その粒子サイズと反比例の関係であることを用いて算出する方法です。

流体の中にある球体の半径、速度、流体の粘度によって、
その球体に生じる抵抗が表現できるというストークスの法則を応用しています。

粒形が小さい方が、微小時間における分散光変化に対する相関係数の低下が早い、
ということを用いて粒形を算出します。

 

これについては以下の動画が大変わかりやすく解説しています。

 

一方、母材となる水性ポイウレタンは、
ウレタンの一般的な原料であるイソシアネートと呼ばれる原料からウレタンのオリゴマー(低分子量の重合体)を合成後、
末端(頭と尾)にマレイミド基を導入して合成しています。

最終的には上記のSiO2のナノ粒子を、水性ポリウレタンに添加することで複合材料としています。

本評価では水性ポリウレタンに、2、4、7wt%の量を添加し、
無添加の同ウレタンとの性能を比較しています。

 

ポイントとしてはあまり多くのフィラーを入れていないという点です。

FRPの強化繊維のように大量の繊維を入れてしまうと、
破断伸びの低下等の弊害が出るという機械特性の変化に加え、
修復能力等の機能性にあまり影響がない、もしくは悪影響がでることが、
経験則的に知られているということがあります。

 

 

フランで修飾したSiO2ナノフィラー含有水性ポリウレタンの性能評価

性能評価については機械特性と物理特性を中心に評価し、
その上で自己修復能力について評価結果が述べられています。

 

機械特性はフィルムの引張試験によって評価

機械特性は最もわかりやすい引張試験によって評価しています。
厚みが0.5mmのフィルムが評価対象です。

SS線図(引張/ひずみ線図)はFig.4に示されています。

当然ですが、ナノフィラーの添加量が増加することに伴い弾性率が増加、
つまり単位荷重あたりの変形が小さくなるためSS線図の傾きが大きくなっている様子が確認できます。

同時にナノフィラーが補強材としての役割を果たすことで、
破断強度の増加がみられます。

破断強度はナノフィラーが無添加、2、4、7wt%でそれぞれ、
6.5、20.2、30.9、28.7MPaを示し、
同弾性率で6.2、30.9、58.7、76.5MPa、
同破断ひずみで635、480.4、326.7、244.9%を示したとのこと。

7wt%のナノフィラーを加えた場合は破断強度が若干低下していますが、
これはナノフィラー自体の凝集が一因ではないかと論文中では述べられています。

 

物理特性は耐熱性をTG/DTAで評価

FRPもそうですが、フィラー添加でよく見るのは昇温環境に置いた時、
どのくらいの温度で重量減少が始まるのか、
また重量減少量はどのくらいかといったことを比較することで、
耐熱性を表現することはよくあります。

今回はこの評価にTG/DTAを用いています。

TG/DTAのうち、TGはガラス転移温度のTgではなく、Thermogravimetry の意味となります。
これは、ある物質の環境温度を制御プログラムで変化させ(昇温のケースが多い)、その物質の重量を温度の関数として取得する、という計測技術です。

これにより、その物質がどのような温度で重量変化が生じるのか、
ということがわかります。

DTAは、評価する物質と計測温度環境範囲では不活性の基準物質をTGの時と環境温度を変化させ、
基準物質と評価する物質の間の温度差を温度の関数として取得する計測技術です。

例えば相転移が起これば比熱が変化します。比熱が変化すれば同じ熱量を加えても、
それに応じて上昇する評価物質の温度は基準物質のそれとは異なることになります。

このように評価物質の状態変化を、
外部環境温度に対する物質自体の温度変化として捉える技術です。

論文中ではDTGと記載されていますが、これはTG/DTAを同時に計測するという意味だと考えます。

 

ナノフィラーを加えたポリウレタンの5%重量減少到達温度をTGのチャートで見てみると、
フィラーの増加に伴い少しずつですが高温域にシフトしていると述べられています。

また、DTAのデータを見ると2つの下向きのピーク、つまり分解に伴う吸熱反応が生じています。

2つのピークは低温側、高温側でそれぞれ hard segment (カルバミン酸構造)の分解、
soft segment(エーテル構造)の分解であると述べられています。

どちらもナノフィラーの添加により高温側にシフトしており、
これはナノフィラーとその表面に存在するフラン基がウレタンと架橋構造を形成し、
架橋密度が向上した結果であるという考察が論文で記載されています。

 

ただ、個人的にはTGによる重量減少はその温度では不活性なSiO2が増えただけ重量減少は抑制された結果であり、
耐熱性の向上とは言いにくいのではないか、と感じています。

DTAの高温側のシフトは論文の考察で概ねいいかと感じてはいますが、
そもそも耐熱性というのは物理特性もさることながら、
最終的には機械特性がどのように変化するのかで評価するほうが、
産業用途としては表現しやすいのではないかと考えます。

 

構造変化はFT-IRで捉えている

構造変化はFT-IRで評価しています。

FT-IRは赤外線吸収スペクトル法の一種で、フーリエ変換赤外分光法と呼ばれ、
分子がその構造によって固有の振動をしており、
外部よりその固有の振動エネルギーに対応した赤外線を照射するとその赤外線が吸収される、
という性質を利用した計測技術です。

振動エネルギーは光の波長(周波数)と相関があるため、
横軸に周波数を縦軸に透過度や吸光度を示すチャートをフーリエ変換後の線図として示すことで、
周波数特性を得ることができます。

後述するフランとマレイミドの結合の形成や離脱は、
結合が形成されていれば1772cm-1に赤外吸収が見られ、
逆に結合が形成されずに存在する場合738、696cm-1にフランのβリング、
マレイミドの二重結合の伸縮運動に該当する赤外吸収がそれぞれ出現する、
ということにより判断をしています。

 

赤外吸収特性による構造特性変化から、可逆的な自己修復が行われているということを確認しているのです。

 

 

加熱による自己修復は複数回の切断/修復で、どこまで強度が回復するかを評価

肝心かなめの自己修復は、実際にフィルムを機械的に切断し、
その後130℃で10分間加熱し、その後65℃で8時間維持することで行います。
前半の高温加熱はフランとマレイミドの離脱、後者の加熱が再架橋の反応です。

切断後と修復後の外観写真は論文中の Fig.7 で示されていますが、
ナノフィラーを加えたものは明らかに修復が行われているように見えます。

上記の加熱工程により、フランとマレイミドが一度離脱し、
また結合しているという様子がFT-IRで確認されています(Fig.6)。

初回の自己修復による引張強度の維持割合は、ナノフィラー添加量2、4、7wt%に対し、
88.4、89.3、88.1%とどれも80%台後半を示しています。

そしてこの修復した材料を再度機械的に切断し、
同様の工程を踏まえて自己修復をさせたところ、
同引張強度維持率は80.9、81.9、78.6%で、1回目より低下しています。

この理由として、1回目のフランとマレイミドの離脱と再架橋の反応後、
自己修復の起点となる架橋点がその性能を失うことでナノフィラーが高温域で部分的に凝集し、
2回目では自己修復の性能が低下したのではないか、と述べられています。

結果の詳細については論文中のFig.8をご確認ください。

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

加熱による自己修復の一例として、今回はフランとマレイミド間の可逆的な結合を応用した研究例をご紹介しました。

今回の自己修復のコンセプトの興味深いところは、
離脱着が可能であるという可逆反応がベースになっているところです。

またその自己修復を有する官能基をナノフィラーに添加することで、
修復に加え、機械的、物理的特性の向上を狙う、
という所にあります。

フィラーというのは特性の改善が見込める一方、
実際のユーザー目線でいうと性能が安定しない、
凝集しやすい等のネガティブな部分がどうしても存在することから、
活用に対する取り組みはまだ道半ばという状況かもしれません。

 

いずれにしても、劣化が不可避な有機材料材料が、
自らある程度傷を修復するという考え方は機能性という観点からも重要なものの一つであり、
内部損傷が破壊の起点となりやすいFRPでも今後キーとなる候補技術です。

ご参考になれば幸いです。

 

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