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撥水撥油Terphenyl骨格を有するフッ化芳香族ポリケトンの研究

2023-08-30

FRPにも関係するであろう、撥水撥油性能を有する高分子に関する研究論文をご紹介したいと思います。

ご紹介する論文は以下のものになります。

Haruki Konta etal, Synthesis of heat-resistant and water/oil-repellent aromatic polyketones bearing tetrakis(nonafluorobutyl)-p-terphenylene units, Polymer Journal, 55, 581–589 (2023)

 

論文の概要

有機溶剤に可溶で、かつ撥水性と撥油性という相反する性能を共に有するという芳香族化合物を、フッ化炭素を構造中に含むTerphenyl骨格の水酸化化合物と、二フッ化化合物の求核置換反応で重合させることで合成するというものです。

 

求核置換反応とは

求電子性という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

これはその名の通り、電子を求める力、つまり電子を引き付ける力になります。

殆どの有機化合物は電気的に中性ですが、化学構造の領域に入っていくと必ずしも電気的に中性ではなく、+(プラス)または-(マイナス)の電気特性を示します。

このキーワードになるのが”電気陰性度”です。高校で化学を学んだ方であれば記憶があるかもしれません。

 

この電気陰性度は例えばマクマリー有機化学第3版によると、今回の主役であるF(フッ素)は4.0、C(炭素)は2.5になります。数字の大きい方がより電子を引き寄せるので、Fに結合したCは電気的に+の性質を示します。これは有機化学の世界では”求電子性炭素原子”と言います。

本反応はTerphenyl骨格に水酸基が2つ付いたジオール構造において、この水酸基、より正確にはベンゼン環(芳香環)にOHのついたArOH(Arは芳香環、つまりベンゼン環のこと)のHが離脱して-の電荷を帯びたOが、求電子性炭素原子に攻撃をして、末端のFが離脱するという反応が基本となっています。

Terphenyl骨格というのは以下のような化学構造をしています。

Terphenyl structure

(Image above was drawn by FRP Consultant)

 

撥水性と撥油性はFの導入によって実現

今回ご紹介する論文の目的の達成である撥水性と撥油性という相反する性能を実現するためにポイントとなるのはF(フッ素)原子の構造中への導入とのことです。

そのため、評価に用いる化合物の構造には以下のようなものが用いられています。

Terphenyl-diol-difluorides-structure-1

(Image above was drawn by FRP Consultant)

 

論文中にも書かれていますが、Rで示したアルキル基の長さ(Cが多い方が長い)によって性能が変わると述べられています。

アルキル基の長さが長いほどTg(ガラス転移温度)が低下する一方、同基が短い場合は逆の結果が示されています。

これはアルキル基が長いほど分子間の距離が立体障害によって長くなって分子間力が低下するのが可能性として示されています。

 

また上記の求核置換反応による重合反応の結果、以下のような高分子、いわゆる樹脂が合成されるとのことです(図中のRの定義は上記で示したものと同様です)。

尚、論文で示されているものは以下の構造と芳香族化合物の構造が交互に繰り返されることで、ポリケトンになっていることを加筆しておきます。

(Image above was drawn by FRP Consultant)

 

撥油性は接触で評価し、表面エネルギーで考察

撥水性に加え、撥油性も接触角で評価しています。

n-Dodecaneを耐油性評価の溶媒として用いたようです。

Terphenyl骨格に加え、ポリケトンはベンゼン環間をケトン基で結合した基本構造をしており、更にこのベンゼン環の間を環状構造にしたものにしています。上記の求核置換反応による重合において、芳香族ケトンの両末端にFを導入することで当該反応を実現しています。

このようにベンゼン環を多く取り入れた芳香族は疎水性になり、撥油性は低下する傾向にあります。

Terphenyl骨格にC4F9を有する構造とポリケトンの構造で形成される重合体を中心に評価していますが、n-Dodecaneであっても40から47°程度の接触角を示しています。これはC4F9という構造を導入することで、ある程度の撥油性を実現したと考えられます。

ただ、ここにフッ化炭素がCF3を導入したTerphenyl構造化合物を用いると撥油性が大きく低下することから、フッ化炭素の長さが撥油性に大きな影響を与えるといえそうです。

 

本点については接触角でも議論を展開しています。

界面エネルギーγについて、固体と気体間の界面エネルギーが、極性成分と分散成分それぞれの液体と気体間の界面エネルギーの和で表現されるという式を用いて算出しています。

接触角との結果を見ると(Table 4)、接触角との相関が取れているとなっています。表面エネルギーが小さい方が界面を形成しやすいので、接触角は大きくなる傾向にあります。

私自身、極性成分と分散成分、それぞれの界面エネルギーを算出するという考え方は知りませんでした。参考までに以下のコラムでは接触角と表面エネルギーの関係についての一般論に触れています。

 

※関連コラム

FRP成形における離型のポイントと表面自由エネルギー

 

 

構造の分析は1H-NMR活用

大切なのは実際に想定した化学構造になっているかの確認です。

この論文では1H-NMRを用いています。いわゆる核磁気共鳴装置です。磁場の中に置かれた試料に電磁波を照射した際、その試料を構成する原子核が構造上等の特性に応じて吸収する周波数をピーク強度の関数として記録するものです。

1H-NMR(13C-NMRもですが)では標準物質としてTMS(テトラメチルシラン)というものを用い、これを基準の周波数とします。

NMRの横軸はδとなっていますが、これは

δ=(TMSとの周波数差[Hz])/(基準周波数[Hz])×1,000,000

を意味しています。単位は無次元ですがppmで示されるのが一般的です。基準周波数というのは装置に依存するもので、この周波数が大きいほど評価するシフトのバンドが広くなるため、詳細の分析が可能となります。

 

論文中では、二フッ化化合物の芳香族ケトンだと求核置換反応が進行して末端のFが離脱すると、Fが結合した炭素に結合しているHに由来するδ=7.18ppmの3つに分岐したピークが、Fの離脱によりδ=6.95-6.96ppmにシフトすることが述べられています。

同様にTerphenyl骨格にフッ化炭素と水酸基を含む化合物については、同様の求核置換反応によってδ=6.92ppmに見られたArOHのH由来のピークが、δ=7.38-7.39ppmにシフトするとのこと。

 

このようにして化学構造変化の裏付けを取るというのも、化学の世界では重要です。

 

撥油性を有するが様々な溶媒への溶解が可能

これが興味深いところですが、トルエン、クロロホルム、THF、NMP、DMAc、DMSO、MeOH等の様々な溶剤への溶解試験を行っており、構造によらずアルコールには溶けないようですが、一般的な溶媒であるクロロホルム、THF、NMP、DMAcには溶けるようです。

このように有機溶剤に溶けるというのは、後述するFRPへの展開を考えた場合に重要になります。

 

以下は今回の論文を踏まえて考えるべきことについて述べたいと思います。

 

 

FRPの特性はマトリックス樹脂によって支配される側面もある

FRPというと高強度、高剛性等の機械特性を中心とした、構造設計の観点からの性能に目が行きがちです。

しかし、耐熱性、耐溶剤性、耐腐食性といった物理特性や耐環境性能等はマトリックス樹脂に依存します。

 

今回のように撥油性、つまり特性の有機溶剤に対して耐性があるという事実は、そのような溶剤にさらされる構造部材にFRPが適用できるということへの第一歩となります。

 

化学的な観点からマトリックス樹脂を設計、または選定するという観点を持つにあたり、今回ご紹介したような論文も適宜情報入手の一環として知っておくことは重要だと思います。

 

 

 

有機溶剤に溶解可能な高分子は樹脂含浸やリサイクルに有利

もう一つ理解すべきが今回ご紹介した高分子が代表的な有機溶剤に溶解するということです。

 

これは高分子を取り扱う際に大変有利です。固体から液体に形態を変化させられるからです。

 

 

FRPマトリックス樹脂の低粘度化は含浸時の絶対正義

この強みを生かせる場面のひとつは樹脂含浸でしょう。

ストランドやロービング形態の強化繊維は、場合によっては外径が数μmという極細の繊維が束になっています。

この中にまで樹脂を含浸させることが、複合材料としての機能を発現させるのに極めて重要です。

 

樹脂、すなわち重合済みの高分子で今回のような熱可塑性樹脂は樹脂というくらいなので室温で固体です。

これを液体状態にしないと強化繊維には含浸できませんが、高耐熱の熱可塑性樹脂、今回でいえばTgが100℃を超えるような熱可塑性樹脂の粘度を下げるには300℃を軽く超える加熱が必要になり、これは結果として樹脂の酸化分解劣化につながります。

 

有機溶剤であれば樹脂を溶解させ、これを飛ばせば基本的には元に戻ります。

酸などと違い化学結合を切断するわけではないからです。

 

複数の有機溶剤で希釈して低粘度化できれば樹脂含浸という観点で、強みが発揮されると考えます。

 

 

リサイクルで重要なのは強化繊維とマトリックス樹脂の分離

FRPの世界でもリサイクルに注目が集まっています。

リサイクルについては過去にもコラムやメルマガ、連載で複数回取り上げました。

 

※関連情報

熱可塑性FRP製の高圧タンクに対する連続リサイクルプロセス

リサイクルPETを用いた発泡GFRTPの断熱材への応用

リサイクルプラスチック と炭素繊維を用いた車載コンテナ

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FRP学術業界動向 CFリサイクル が可能なアセタール架橋エポキシ樹脂の研究

「 機械設計 」連載 第十六回 FRPリサイクル の現状と課題、そして必要な取組み

 

リサイクルというと再利用を念頭に「マテリアルリサイクル」を考える方が多いと思います。

しかし、金属と違い高分子は時間が経過すると必ず劣化します。有機物の宿命です。

よって、FRPのリサイクルでは有機物であるマトリックス樹脂と無機物質が主である強化繊維を分離し、リサイクルでは劣化したマトリックス樹脂を除去して強化繊維を再利用するというのが妥当と考えられています。

 

ここでマトリックス樹脂が有機溶剤に溶解するとします。もしそれが実現できるのであれば、古いFRPから強化繊維だけ取り出すことが可能となります。

 

有機溶剤を使うことによる環境負荷という課題はもちろんありますが、強化繊維とマトリックス樹脂を分離できるという選択肢をユーザが持てることは、今回ご紹介した論文から持つべき観点だと思います。

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

FRPの主たる構成材料である樹脂は、まだ改善の余地が大きいと言われています。

主鎖や側鎖の構造だけでなく、触媒による重合体の構造制御や分子量制御によっても異なる性能が発現されると考えられているためです。

 

 

しかし化学物質は目に見えない故、今回ご紹介したような1H-NMRを始め、様々な分析手法についても理解しておく必要があります。

 

材料力学の考え方だけでは形にできないのです。

 

 

今回ご紹介した論文が、FRP材料設計の材料検討という取り組みにおけるご参考になれば幸いです。

 

 

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