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FRPの ゼロ線膨張化 を実現する負熱膨張物質の研究

2020-08-22

FRPの ゼロ線膨張化 を実現する負熱膨張物質はペロブスカイト構造を示す

Image above was referred from https://today.oregonstate.edu/news/crystal-structure-discovered-almost-200-years-ago-could-hold-key-solar-cell-revolution

FRPと線膨張に関する話は以下のような過去のコラムや連載でも述べたことがあります。

 

※ FRPと金属、塗装 複層構造 の熱変形シミュレーション

※ Invar とFRPを組み合わせた試作型

※「 機械設計 」連載 第十五回 FRP 線膨張率 /異方性の関係と公差設定の留意点

 

FRPにおいて異方性を低減することを目的に繊維配向が様々な方向に向いている、強化繊維に炭素繊維を用い、マトリックス樹脂にエポキシ樹脂を用いている、といった材料では線膨張係数が比較的低い傾向にあります。

 

しかし、強化繊維がガラス繊維や有機繊維である、熱可塑性樹脂がマトリックス樹脂である、面内ではなく層間方向においては、線膨張係数は大きくなる傾向にあり、それがアプリケーションにおける想定外の熱変形による応力やひずみを生じる原因になる、というケースがあります。

そしてFRPは極めて高精度が求められるところに用いられることもあります。

基板材料や電動動力内の構造材料といったものがその一例です。

 

このようなアプリケーションにおいては、FRPの線膨張による微小な寸法変化が問題となるケースもあり、熱による変形を抑制したいという要望は継続してあるのが現状です。

 

このような要望に応えるものの一つとして、

 

「負の線膨張係数を有する化合物」

 

というものがあります。

 

昇温に対して熱膨張と逆の熱収縮を示すその性質を応用し、ゼロ線膨張化 の実現や負の熱膨張を任意に設定するというコンセプトです。

 

今日のコラムでは「負の線膨張係数を有する化合物」のひとつとして、相転移型巨大負熱膨張物質というものについて、最新の研究をご紹介したいと思います。

 

 

参照した技術情報、研究論文について

今回ご紹介するのは以下のような論文、学会誌、公開技術情報に基づいたものになります。

Suppression of temperature hysteresis in negative thermal expansion compound BiNi1−xFexO3 and zero-thermal expansion composite

K. Nabetani et al

Appl. Phys. Lett. 106, 061912 (2015)

https://aip.scitation.org/doi/abs/10.1063/1.4908258

 

相転移型巨大負熱膨張物質

東 正樹 他

応用物理学会 学会誌 2019 年 88 巻 3 号 p. 185-188

https://www.jstage.jst.go.jp/article/oubutsu/88/3/88_185/_article/-char/ja/

 

『温めると縮む』新材料を発見 -既存材料の2倍の収縮、少量でエポキシ樹脂の熱膨張を相殺-

http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2015/150223_1/

 

 

相転移型巨大負熱膨張物質とは

一般的な常識と異なる負熱膨張物質についてまず見ていきます。

 

この物質の基本構造は「ペロブスカイト構造(ペロフスカイト構造)」と呼ばれる格子構造を有しています。

イメージ図は以下のようになります。

Image above was referred from https://www.riken.jp/press/2017/20171005_1/index.html

 

RMX3で示される複酸化物に見られる結晶構造です。

XIIRVIMX3という配位状態を取ります。

上記の図でいうと赤で示されるところに酸素原子(RMX3でいうとX)、Aサイトと呼ばれる青で示される部分に単純立方配列のR、Bサイトと呼ばれる黒で示されるものがMになります。

 

RX間の距離がMX距離の2×√2倍という、直角三角形の関係を示すことが少なく、

対称性が崩れ、格子構造がひずむことが多いようです。

 

このひずみ構造は寛容性因子と呼ばれる

t=(RX)/√2(MX)

が 0.8<t≦1.0の条件下でひずみながらも安定して存在できます。

ペロブスカイト構造に関するものとして以下のような動画やサイトは三項になるかと思います。ここにもかかれているように、今、ペロブスカイト構造の化合物のうち最も注目されているのは太陽電池への応用です。

参照サイト:https://www.perovskite-info.com/perovskite-introduction

 

今回紹介する研究事例では、このペロブスカイト構造を有する化合物のうち、BiNiO3というものを活用しています。

 

Bi は「ビスマス」という、安定元素の中で最も大きな原子番号を有する元素です。

実際には1900京年という途方もない半減期を有しますが、ほぼ安定同位体として扱われているようです。

無毒で胃薬にも使われます。

参考までですが元素周期表で一つ番号が小さい82番は鉛、一つ番号の大きい84番は暗殺にも使われるポロニウムです。

 

BiNiO3を6GPaという高圧化で合成すると、3価と5価という2種類のBiイオンが存在し、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3という酸化状態になるとのこと。

この価数を解析するにあたっては Spring-8 を使ったようです。

 

そしてこの化合物は3.5GPaという圧力により絶縁体から金属へ転移がおこるという性質があるようです。

これは「圧力誘起サイト間電荷移動」と呼ばれており、高圧側への相転移に伴い、

 

Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3 → Bi3+Ni3+O3

 

という反応でNiの価数が増えてペロブスカイト構造中のNi-Oの距離が縮み、結果として

「体積が2.5%減少する」

ということが明らかになっています。ただし、この化合物は常圧の500Kで分解するという不安定さがあったため、上述の電荷移動を抑制するためにFe元素を新たに入れた、

BiNi1-xFexO3 (x=0.05、0.075、0.10、0.15)

というのが相転移型巨大負熱膨張物質になります。

 

負の線膨張を示すメカニズムとして具体的に生じているのは、

 

「三斜晶から斜方晶への構造変化」

 

とのことです。

三斜晶は英語で triclinic crystal system であり、以下のような斜めになった構造を示します。

Image above was referred from https://www.fxsolver.com/browse/formulas/Triclinic+crystal+system+%28Unit+cell%27s+volume%29

 

一方の斜方晶は 直方晶系 のことであり orthorhombic crystal system と呼ばれます。

 

この変化の状態はXRD( X-ray Diffraction )で確認されており、2θが31~34°の範囲において、元々5つみられていたピークが3つのピークに集約されていることから裏付けられるとのことで、この辺りは Appl. Phys. Lett. 106, 061912 (2015) の図2にその結果の詳細が書かれています。

上記のような格子構造の変化という相転移を応用し、負の線膨張係数という決めて特殊な特性を発現しています。

 

 

エポキシ樹脂へのBiNi1-xFexO3 の添加によるゼロ熱膨張複合材の作製

実際に80×10-6/K の線膨張係数を示すエポキシ樹脂にBiNi1-xFexO3を添加した実験結果も述べられています。

BiNi1-xFexO3 (x=0.15)を18 vol%添加したときの、TMAの結果を以下のサイトで見ることができます。

http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2015/150223_1/#fig3

300~320Kという範囲においてTMAの長さ変化が見られず、線膨張が0になっているのがわかります。つまり、その温度範囲ではエポキシ樹脂の線膨張とBiNi1-xFexO3 (x=0.15)の負の線膨張が釣り合っていたということを示唆しています。

加えて、エポキシ樹脂単体と比較しても線膨張が抑制されており(TMAの勾配がBiNi1-xFexO3 (x=0.15)の添加により低下している)、ゼロ戦膨張でなくとも、熱膨張の抑制という効果は生じているものと考えていいかと思います。

 

 

線膨張係数の予測

上記の通り、今回研究対象になっている「負の線膨張係数を有する化合物」は相転移による状態変化によって、負の熱膨張という特徴的な機能を発現します。

そのため、どのくらいの線膨張になるのかについてはある程度予測できることが望ましいです。

 

そのような考えのもと、今回の研究においては Turner’s model という線膨張係数の予測モデルを用いて、その精度検証を行っています。

Turner’s model は複合側の一種で、マトリックスの体積分率、引張弾性率、線膨張係数をそれぞれνm、Em、αm、フィラー(負の線膨張係数を有する化合物)の引張弾性率、線膨張係数をそれぞれEf、αfとした際、複合材料としての線膨張係数は下式にて示されます。

Turner’s modelについてより詳細を読みたいという方は、以下の論文をご参照ください。

 

Thermal-Expansion Stresses in Reinforced Plastics

Philip S. Turner

NIST Journal of Research, 37, 239-250

https://pdfs.semanticscholar.org/fc18/40f3faf1f628301aef4e0b4e9330b358dec1.pdf

 

 

しかしながらエポキシ樹脂の弾性率を3.2GPa、BiNi1-xFexO3 (x=0.15)の弾性率を138GPaとした場合、当該モデルで予測した線膨張係数は実測よりも低い傾向にあるとのことです。

上述のTMAの結果の中にTuner’s modelで算出したものもデータとして記載されています。

このずれは、BiNi1-xFexO3 (x=0.15)の添加量が少ないため、モデルの前提にあるひずみ(応力)が均一に分布するという条件が満たされていないことに由来すると考えられています。

 

 

FRPへの展開

今回の研究は大変興味深く、FRP向けの材料研究開発にも適用できる技術だと考えられます。どのようなことを考えるべきでしょうか。

 

まず一つ目は、研究を行った方も述べていますが、

「BiNi1-xFexO3を添加した場合の線膨張係数の予測理論の構築」

です。

マトリックス樹脂に対してBiNi1-xFexO3が異物である以上、均質材として扱うことは難しく、モデリングは困難と予想されます。しかしここを突き詰め過ぎようとすると、不必要にモデルが複雑になり、汎用性という重要な部分が失われてしまう恐れがあります。

 

ここで重要なのはやはり

 

「モデルはシンプルに」

 

ということだと思います。様々な多項式が長く連なるようなモデルでは本質をつかめていない可能性が高く、技術的な価値に疑問符が付きます。

 

実用性と精度をバランスとりながら、しかし実際の試験結果を最重要にモデルの妥当性を検証していくという取り組みが求められると思います。

 

もう一つがFRPで不可欠な成形加工という温度、圧力の付与によるBiNi1-xFexO3の負の熱膨張特性の維持です。

温度履歴について、熱硬化であれば高い場合で200℃、熱可塑であれば400℃にまで達する可能性があります。

さらに、賦形のための圧力は、Vfが高く、オープンモールドになると10MPaを超えることもあります。

今回評価されているBiNi1-xFexO3は数GPaという環境下で合成されるようなものなので、この程度の圧力ではあまり影響を受けないかもしれませんが、高温高圧、さらに有機化合物の存在という状態で、上記の負の線膨張の性能がヒステリシス無しに発現できるかは注意する必要があるかと思います。

最後はマトリックス樹脂との相溶性です。エポキシのような熱硬化性樹脂は比較的密着性が良いかと想像しますが、熱可塑性樹脂のように熱硬化と比べて反応活性の側鎖が少ないマトリックス樹脂との間で応力伝達が可能なレベルになるか否かについては注意が必要です。

 

 

いかがでしたでしょうか。

FRP材料の適用範囲を広げる一つの方向性として、外的温度環境における寸法維持というものがあります。

このような用途を考える場合、基材設計、繊維配向といったことを考えることはもちろん、材料そのものに線膨張を抑制する特性を持たせるという機能材料としてのコンセプトを適用していくという、柔軟な考え方が必要になってくるかと思います。

 

FRP材料を用いた設計コンセプト検討や材料開発の一助になれば幸いです。

 

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