BMW iX5 に搭載された薄型の水素タンク
今回はBMW iX5 に搭載された薄型の水素タンクについて述べてみたいと思います。

Photo credit BMW group
水素は取り扱いの難しい元素
新たなエネルギー源の一つとして取り組みが進む水素。
この水素で発電するのが燃料電池です。
燃料電池の技術は、家庭用発電機や燃料電池車などを通じ、
少しずつ身近なものになりつつあると感じます。
一方で同じ気体燃料という意味では天然ガスもあります。
こちらは既に日常生活のインフラとして活用されており、
日常の一部となっています。
関連するものとして、2025年に国際連合工業開発機関(UNIDO)の産業協力プログラムとしてSUZUKIのインド酪農業界との取り組みが採択され、この取り組みも含め、経済産業省とインド共和国石油・天然ガス省とのエネルギー強靭性に関する共同声明が2026年7月2日に発表されています。
※参照情報
スズキのバイオガス事業がUNIDOの産業協力プログラムに採択 / SUZUKI
経済産業省とインド共和国石油・天然ガス省とのエネルギー強靭性に関する共同声明を発表しました / 経済産業省
同じ気体燃料でもこれほどの違いがある理由はいくつかありますが、
大きな要因の一つとして考えられるのが、
「水素の輸送、保管といった取り扱いの難しさ」
にあると私は考えています。
長距離輸送では有機ハイドライドと反応させて液体化させる必要がある、
分子の小ささ故に様々なものを通り抜ける、
金属に対する水素脆化の影響、
そして爆発のリスクなどはその一側面です。
加えて現段階では水素製造工程で二酸化炭素を排出するグレー水素が主であり、
完全なるグリーン水素にはまだ到達していないなど、
水素を使用する動機づけの一つである環境保全効果も万全ではありません。
この辺りは過去のコラムでもご紹介したことがあります。
※関連コラム
水素が新たな燃料の選択肢という認識は浸透しつつある
エネルギー源の選択肢は多いほうが様々なリスクへの柔軟性を高める意味でも望ましい、
というのは昨今の情勢を踏まえれば多くの方が多かれ少なかれ感じているところかもしれません。
その動きは乗り物業界にも波及しています。
航空機業界の取り組み
航空機業界ではAirbusが、
ZEROe demonstratorを用いた燃料電池を動力とした航空機の実用性検証を始めています。
またElringKlingerと2020年にAerostackというJoint ventureを立ち上げ、
2023年には燃料電池駆動のデモ機で1.2MWの出力を達成しているようです。
エンジンタイプは一般的な旅客機に多いターボファンに加え、
ターボプロップも対象です。
そして燃料電池だけでなく、従来型のエンジンと組み合わせるハイブリットも想定されているようです。
ここ1年ほど情報は更新されていないようですが、
AirbusのHPにも情報が掲載されており、
過去のコラムでも取り上げたことがあります。
※参照情報/関連コラム
ZEROe: our hydrogen-powered aircraft / Airbus
FRP製液体水素貯蔵タンクを搭載した水素動力航空機の試験飛行を決定
自動車業界の取り組み
バッテリー駆動のEV一辺倒の印象でしたが、
ここ数年は同じ電動でも燃料電池車が少しずつ増えていると感じます。
HondaのCR-Vはリース可能であり、
ToyotaのMiraiは購入できます。
自動車関係については、以下の様なコラムで取り上げたことがあります。
※関連コラム
四輪車への本格展開が始まったType IV CFRP製高圧水素タンクの現状と展開
今回ご紹介するのは自動車業界に関係するものです。
薄型の水素タンクを搭載したBMW iX5
参照したのは以下の記事です。
The New BMW iX5 Hydrogen / FCW.
対象となった車種
BMW iX5はSUVです。
日本語の公式ページ/ THE NEW BMW iX5もあります。
車の仕様に関する内容は上記ページをご覧いただければと思いますが、
燃料電池車としての特徴だけでなく、
昨今の自動車では当たり前となったセンシングや通信機能が実装されています。
Toyotaと共同開発した従来よりも25%小型化した第三世代の燃料電池システムを搭載し、
一回の水素充填で750kmの巡航が可能とのこと。
日本では2027年以降に販売が予定されているようです。
X5シリーズでは水素を動力源とする初めてのグレードになると参照元の記事に書かれています。
特徴的なのはFRPにも関連した薄型の水素タンク
BMW Hydrogen Flat Storageと書かれています。
概要は以下のページをご覧いただくといいかと思います。
動画開始20″あたりからBMW Hydrogen Flat Storageに関する紹介が出ています。
充填時間は約5分で、7kg程度の水素を充填できると述べられています。
外寸をEVバッテリーと同じサイズとした
最大の特徴はここだと思います。
一般的には水素タンクは径の大きいボンベになります。
しかしBMW Hydrogen Flat Storageでは7本の長細いタンクを並列に設置するという興味深いレイアウトにより、
タンクを収納するケーシングの外寸をEVバッテリーのそれと同じにできたようです。
車内空間確保にも大きく貢献しています。
同一サイズにより生産ラインへの適用性も向上
EVバッテリーと水素タンクは動力源としては全くの別物ですが、
外寸を同じにしたことによりどちらも同じラインで生産対応できる、
というのが強みになっているとのこと。
この柔軟性は確かにポイントとなりそうです。
衝撃試験を行い爆発等のリスクを評価
動画中ではケーシングされたタンクに衝撃を加える試験の様子も映っています。
過去のコラムでも取り上げた通り、水素に対する”危険”と言うイメージを払しょくするためにも、
過酷な試験評価は不可欠だと思います。
タンクはCFRPでFWによって製作
FRPに関係するところをもう少し見ていきます。
耐圧700 barということで代表的な高圧タンク仕様です。
強化繊維には炭素繊維を使っており、Type IVとのことで口金以外はFRPと樹脂ライナーであることが分かります。
53″付近からの動画で紹介されている作り方をみると、
フィラメントワインディング(FW)であることがわかります。
積層工程で見えたこと
BMW Hydrogen Flat Storageに関する動画を細かく観ていくと、
積層に関する情報も含まれていることが分かります。
確認できる範囲では樹脂だれや”しごき”の機構が無いように見えることなどから、
積層材料は樹脂を予め含浸させたトウプレグであると考えます。
一般的なFWでは積層直前に繊維束を樹脂槽にくぐらせ、
過剰な樹脂をしごいた上で開繊させます。
予め樹脂を含浸させたトウプレグを積層材料に用いることで、
本機構が簡略化できる上、工程の品質安定が期待できます。
FRPの中間基材を作る含浸工程は不安定化しやすい難しいものなのです。
そしてトウプレグは開繊している上に樹脂含浸もある程度終わっていることから、
成型後に材料特性が発現しやすいという設計の観点でもメリットがあります。
ただ、どの程度開繊しているかなどメーカによるばらつきもあるため、
ひとくくりにできないことには注意が必要です。
開繊と含浸をしてテープ状にすることでファイバープレースメントに使えるレベルのものから、
ストランド(またはロービング)に樹脂をとりあえず塗ったというものまであります。
今回の動画を見ていると積層装置のヘッド付近に開繊機構が付いており、
本機構により繊維がきれいに一定幅で開繊していることから、
積層前に開繊が必要なトウプレグ、または意図的に積層直前に開繊していると考えられます。
FWではなくテープワインディングという考え方もある
トウプレグを使っている時点で、
考え方によってはFWではなくテープワインディングという表現の方が正しいかもしれません。
積層材がプリプレグに準ずる中間基材のためです。
テンションをかける場合はワインディング、
テンションに加え、ヘッドで押し付ける場合はファイバープレースメントという表現の方が自然です。
本来のFWはあくまで積層の直前に、繊維束に樹脂含浸させるものをいうためです。
この辺りの工程の呼び方について、
もう少し明確な定義が必要だと私は考えています。
トウプレグについては過去にもコラムで取り上げたことがあります。
※関連コラム
今回の記事から考えるべき点を述べます。
細長いタンクでは無視できない曲げモーメント
これはイメージでしかありませんが、
薄型の水素タンクを実現することに一役買った細長いタンクは、
構造部材の剛性という意味で不利な点があると感じます。
少し基本的な話になりますがお付き合いください。
水素充填に伴う内圧由来の応力
タンクに生じる応力を簡易的に考える場合、内圧をp、厚みをt、直径をr、長さをLとすると、
円筒形の軸方向、周方向はそれぞれ下式のようになります。
軸方向の応力:pr/2t
周方向の応力:pr/t
※参考情報
Axial and hoop stresses in thin-walled pressure vessels
これを見ていただくと長さLがパラメータに入っていないことが分かります。
厳密な応力計算をすれば別ですが、簡易的な応力計算では内圧に伴う発生応力とタンクの長さには直接的な関係は無いのです。
タンク長さと関係ありそうな曲げモーメント
タンクの長さと関係のありそうな力関係の観点として考えられるのが曲げモーメントです。
両端を固定した”はり”、いわゆる両端単純支持はりでは、
その固定部分間の長さが長いほど曲げモーメントが大きくなります。
材料力学の基本条件の一つともいえる密度qでの等分布荷重で、
長さLのタンクが2点で支持されている場合、
長さ方向の任意の位置xでの曲げモーメントM(x)は、

となります。自重による曲げモーメントが発生するイメージです。
これは位置xという任意の点における、
微小領域のモーメントの総和である等分布荷重によるモーメントM’、端部の反力によるモーメントM”、
任意座標におけるモーメントM(x)について、その和は下式になります。

この結果を計算すると曲げモーメントの式(a)が得られます。
この式はx=L/2に極大点を持っており、その際のM(x)は

となり、長さLの二乗に比例していることが分かります。
ケース内の水素タンクは両端支持である可能性
BMW Hydrogen Flat Storageに関する紹介も含まれた前出の動画中の39″付近の画像を見ると、
ケーシングは全面にわたってタンク側面を保持しているわけではなく、
左右の支持部で支えているようにも見えます。
この場合、自重による曲げモーメントがタンクに生じることとなります。
さらに、走行中の上下/左右の振動による荷重で同様のモーメントがかかることは想定すべきでしょう。
以上のことから、細長い高圧タンクの設計においてはモーメントに留意する必要があります。
なお、上記のモーメントの基本計算については以下の様な基礎解説動画もあります。
ご興味ある方はご覧ください。
最外層は保護層の可能性
BMW Hydrogen Flat Storageのタンクの最外層はエメラルドグリーンをしています。
これは恐らく衝撃保護層と考えられます。
一昔前は衝撃保護の観点からガラス繊維を強化繊維としたGFRPを使うこともありましたが、
今回のものが同じかはわかりません。
何かしらのシート形態のものを適用していますが詳細は不明です。
最後に
水素に関連したFRP適用例はタンクと配管に集中する傾向にあります。
今回もタンクです。
ただ今回はタンクと言ってもその径を小さくするというアプローチで、
空間設計の観点で新たな付加価値を出したのが興味深いところです。
既に述べた通り水素は取り扱いの難しい元素ですが、
インフラ維持を目的としたエネルギー源の多様性という観点でいえば、
水素に限らず様々な取り組みが不可欠だと思います。
そのような様々な取り組みにおいて、
FRPが今以上に貢献できる流れができることを期待したいです。



