低誘電エポキシ/ガラス繊維織物を用いたRadome試作品
アメリカにあるRock West Compositesという企業が、
NCAMPの認証を取得した低誘電エポキシ/ガラス繊維織物を用いて、
Radomeの試作品を発表したというリリースが出ました。
※参照情報
今回はこのリリース情報の概要と、
FRPの誘電特性について触れたいと思います。
Radomeとは

一言でいえばアンテナを保護する外壁のようなイメージです。
通信を担うアンテナをはじめとした機器は構造部材としては脆弱であることが多く、
ちょっとした変形による影響も無視できない等、非常に繊細です。
そのような精密機器を外的環境から守るケーシングがRedomeであり、
FRPも多く使われています。
Redomeに用いられる構造部材に求められるのは通信を阻害しないこと
前述の通りRedomeは通信機器構造部材の一部です。
そのため、構造部材として求められるのは壊れないことに加え、
「通信の邪魔をしないこと」
が重要です。
この考えはRedomeにも適用されます。
NCAMPとは
冒頭のリリース記事では、NCAMPの認証を取得した低誘電エポキシ/ガラス繊維織物を用いた、
との記述があります。
NCAMPは(National Center for Advanced Materials Performance)の略で、
北米を拠点とする航空機材料の認証機関とのこと。
FAAをはじめとした米国連邦政府関係機関の委託を受けた大学が運営をしており、
複合材料向けMIL-17の後継規格であるCMH-17と連携して航空機向けの規格作成や許容値の取得を行っている、
とされています。
※参照情報
個人的には自分自身も経験のある規格作成や許容値の算出について、
それらの対応をNCAMPが行うという意味が理解できていませんが、
いずれにしても私個人の航空機業界での経験によれば型式証明における材料認証は一部でしかなく、
航空機における型式証明(あくまで部品の経験しかありませんが)では、
設計と製造という他の2つの柱が揃うことが大前提であることは間違いないでしょう。
eVTOLのようなAAMは登場人数も限られるうえに飛行高度も従来の民間機とは異なることから、
もう少し柔軟性のある要件が課されるかもしれません。
とはいえ、この要件は言うほどわかりやすくないと予想します。
私の理解では課される要件は極めて抽象的で、
そのあいまいな要求に対して自分たちなりに要件を決め、
承認を得てから評価を進めるのが型式証明の考え方です。
要件に従って、という言葉通りに受け取れるほど簡単ではないでしょう。
この辺りは過去にも何度か述べたことがあります。
※関連コラム
Advanced Air Mobility(AAM)の概況と構造材に用いられるFRP部品の型式証明
CityAirbus NextGenの本格始動とeVTOL型式証明の概況
PPS をマトリックスとした Toray Cetex(R) TC1100 と FAR 25.853 難燃性評価
想定用途
試作したRedomeはGeorgian Aerospaceという企業向けとのことで、
航空機を含む空を飛ぶ機体の構造部材の一部を想定しているようです。
詳細は書かれていませんが、RF testingという無線周波数試験と呼ばれる評価でも問題なかったと書かれています。
この評価は信号伝送に関する性能、強度、品質を軸に、
ある特定の規格や要件を満たしているかを評価する試験とのことです。
より具体的には周波数領域分析と時間領域分析があり、
前者は評価した周波数帯における信号干渉等を、
後者は位相や振幅等の通信特性の経時変化をそれぞれ評価するようです。
※参考情報
構成材料の概要
Redomeは主にスキンとコア材で構成されており、
スキン材はRenegadeの材料の形態がプリプレグ(樹脂が強化繊維に予め含浸されたFRP)であること、
そして強化繊維とマトリックス樹脂が以下の構成であるとの言及があります。
コア材はポリプラ・エボニックのポリメタクリルイミドの発泡材です。
- 強化繊維:quartz fabric / 4581 8HS Quartz
- マトリックス樹脂:low-dielectric epoxy / RM-2014-LDk-TK
- コア材: Rohacell foam core
材料の詳細は分かりませんが、強化材はガラス繊維織物、
マトリックス樹脂はエポキシをベース骨格にしながら非極性基を積極的に取り入れた変性化合物であると推測します。
Renegade社は樹脂メーカから始まったプリプレガーで、
2019年に帝人が買収しています。
※参照情報
帝人、米レネゲード社を買収-航空・宇宙用途向け炭素繊維中間材料事業を拡大 / 日本経済新聞
Renegade社のHPを見ると、エポキシというよりもポリイミドやBMIといった超耐熱の樹脂関連製品が多く、
主たる顧客が軍需産業であることが示唆されています。
この製品ラインナップの中にRM-2014-LDk-TKというものがあり、
そこにLow Dielectric Epoxyとの記述があります。
上記の材料はこれをマトリックス樹脂としたプリプレグということになります。
強化繊維は4581 8HS Quartzで、目付が286g/m2と集めつけで、織り方はHSとあります。
HSが何のことはわかりませんが、朱子織と推測します。
※参考情報
Prepreg, RESIN & Adhesive Materials / Renegade
Fabric Development, Inc (FDI) Quartz Fabrics
材料としての売りは既存材に比べて誘電特性が同等で、
より低コストであると述べられています。
低入射角であっても良好な高周波透過性を示した
参照したリリース記事に、
The prototype supports view angles as low as 25°and performs over 17.7-21.2 and 27.5-31gHz.
という記述がありました。
この内容は恐らく、入射角25°という電波が反射しやすい条件下であっても、
比較的高周波の電波の透過について要件を満たした、
という意味だと思います。
入射角が小さいほど(水平に近い状態から入射した場合)、
電波が通過しなければならないRedomeの厚みが増す、
という理屈です。
ではこのリリース記事から考えるべきことは何でしょうか。
電波透過性という”機能性”を考慮した材料設計思想がFRPにも求められる
FRPは積み上げられてきた適用実績のため、多くの方が
「FRP=構造部材”のみ”という考えにとらわれがち」
だと感じます。
強度や剛性、そして軽量性といった観点が注目されがちなのは、
その証左といえるのではないでしょうか。
当然ながらその考えも大事でしょう。
しかし今求められるのは、そのような従来の考え方ではなく、
「構造材+α」
という考えです。
特にαに該当する部分に機能性を付与した考えが、
これからのFRPという材料に重要であり、
ユーザ側もこの機能性をコンセプトとして明確化したうえで、
FRPを選択することが大変重要だと感じます。
今回でいえば、
「構造材+電波透過性能」
という機能軸での採用コンセプトが非常に明確です。
FRPは機能性構造材料であるという考え方が浸透すれば、
今様々な業界で抱えている課題を解決できる可能性があると考えます。
機能性を考えるには異業種技術への踏み込みが不可欠
機能性という軸で材料を評価しようとする場合、
どうしても異業種技術領域の評価などが必要になります。
この異業種技術への踏み込みに慎重な方が多いと感じます。
異業種技術領域は不明な部分が多く、警戒するのは当然かもしれません。
ここでリスクヘッジをするために調査をしよう等と”立ち止まる”のではなく、
「まずはやってみる」
という思い切りの良さが必須だと思います。
自社の強みとする技術領域に閉じこもらず、
できるところからまずは試してみるといった勇気が必要です。
構造材と機能材の同時評価で新しい機能材としての可能性を探る
例えば電波透過性でいえば、関連する特性として比誘電率があります。
比誘電率については、過去のコラムでも取り上げたことがあります。
※関連コラム
このような特性に付随した規格などもあるでしょう。
ただそれらに縛られていては何も生まれません。
重要なのは
「FRPが元々得意としてきた”構造材”としての評価と、”機能材”としての評価を、組み合わせる」
という考え方です。
異なる技術領域での評価においては、
それぞれでは当たり前のことでも、
組み合わせるとなった瞬間に全く前例の無い評価になります。
この新しい軸での評価によって、例えばFRPの新たな側面が見えるかもしれないのです。
構造材と機能材の同時評価という考え方は、
特にFRPにおいて今後重要になっていくでしょう。
ご参考になれば幸いです。



