AIを実装したカメラシステムによるFRP積層時の異物検知
AIを実装したカメラシステムによるFRP積層時の異物検知について述べます。
FRPに大敵の異物が入るのは積層時
FRPの材料形態の中で、強化繊維に樹脂が予め含浸された中間材料のプリプレグは、
樹脂と繊維の目付管理が高精度でできるうえ、
専用の工程で樹脂含浸をするため材料の欠陥が少なく、
成形体としての特性が高まることが知られています。
ただプリプレグで気を付けなければいけないのは積層時。
特に熱硬化性樹脂をマトリックス樹脂とする場合、
材料そのものがタック性、つまり色々なものをくっつける特性を持っているため、
仮に積層時に離型紙、手袋の破片といった”異物”があると、
材料がそれを”抱き込んだ状態”で積層されてしまいます。
これはFRP成形体で最も避けたい、
「層間内部欠陥」
に直結します。
FRPの破壊は均質材と異なり、
連続繊維のFRPを中心に層間で静かに破壊が進展します。
この破壊の起点となりうる異物は、
品質保証の件で何としても避けなくてはいけません。
積層時の異物をカメラで検知しようとする動きが始まっている
高い品質管理レベルで積層する企業であれば、
積層を行う環境は外気や粉じんが直接入り込まないよう区画が分けられ、
Class 8程度の清浄度クラスを求めることも珍しくありません。
当然訓練を積んだ現場の作業者は積層時の異物が無いか念入りに確認をしますが、
それでも人の目では見逃してしまうこともあります。
そこで数年動きが活発化しているものの一つがカメラで異物を検知する、
というものです。
先行するのは食品業界
カメラによる異物検知で先行するのが食品業界です。
食品に異物が入ることは大量の自主回収はもちろん、
企業ブランドに傷をつける恐れがあるため、
大手企業を中心に人の目のバックアップとして異物検知カメラを使うこともあるようです。
例えば以下の論文は加工後の鶏肉に異物があるか否かを、
Hyperspectral Imageという技術を使って捉えようとしています。
最近FRP業界でもこのような技術を応用し、
積層時の異物検知を行おうとしています。
該当する事例と、関連する技術について述べたいと思います。
FRPの積層位置を指示するLazer ProjectionのメーカであるLAP
2025年5月7日に以下のようなWebinarが開催されました。
AI-Powered Quality Assurance in Laser Projection Processes
基本情報を登録すると配信内容を見ることも可能です(2025年5月9日現在)。
このWebinarの中身については後述しますが、
まずは概論に触れたいと思います。
このLAPのLaser Projectionについては、過去にも取り上げたことがあります。
※関連コラム
CAD-PRO Xpert laser projection systemの新型がリリース
Laser Projectionは、特定形状であるカットパターンに裁断された各プリプレグ材料(もしくは樹脂が未含浸のドライの繊維)を、どの位置に、どの方向で設置すべきかをレーザ光で示すものです。
最近はレーザ光の色の種類も増えるなど、
機能性は着実に高まっているといえるでしょう。
Laser Projectionについては、別のコラムでも取り上げていますので、
興味のある方はそちらもご覧ください。
※過去のコラム
FRP積層精度向上に寄与する Projection 技術動向
今回注目すべきはLaser Projectionではなく、
これとセットのシステムであるカメラの方です。
カメラシステムにAIを実装し、異物や指定積層位置からのずれを検知
AIを実装したということを前面に押し出しながら、
カメラによって異物の検知に加え、
Laser Projectionで指定した積層位置からのずれを知らせることができるとのこと。
これがFRP成形体の品質安定化に寄与する、
ということが前出のセミナーで述べたいことのようです。
ここでLAPも活用しているであろう、Hyperspectral Imageによる異物検知の技術的な点について、
もう少しだけ触れたいと思います。
参考にしたのは以下の文献です。
加藤 邦人, ハイパースペクトル画像の一般物体認識への応用, 精密工学会誌, 2018, 84, 12, p.958
Hyperspectral Imageは様々な波長を連続的に変化させることで取得
Hyperspectral Imageはレンジで数百nmに及ぶ波長範囲で画像を取得するのが基本技術のようです。
異物はそれ以外の材料と光学的な特性が違う、
という点に着目して様々な波長の画像を取得し、
明らかに他と異なる部分を抽出する、
といったものが画像認識による異物検知の基本にあると考えます。
波長ごとに大量のデータが生成されるため領域検出と波長選択が重要
既述のLAPのWebinarで何故AIという単語が出てくるのかの答えといえます。
様々な波長で画像を取得するということは、
大量の画像データの取得と、それを分析する計算負荷増大が避けられません。
このままではリアルタイムの異物検知が難しいのです。
そこで重要となるのが領域検出と波長選択の考えとのこと。
後者に関連するものとして4つほど紹介されています。
それが、Support Vector Machine(SVM)、回帰モデル、深層学習、データセットです。
1. Support Vector Machine(SVM)
SVMは分類を行う教師有り学習モデルのひとつのようです。
個人的には以下の動画がイメージをつけるにはわかりやすかったです。
推定した境界線を引いた際、その線と実際のデータの距離が最大化するよう、
計算を収束させるのが主となる考え方のようです。
2. 回帰モデル
回帰モデルは特徴ベクトルである輝度と回帰係数の内積で算出される推定値で分類を行う一方で、
この推定値が大きいものを分析すべき波長領域と選定することを行うとのこと。
その一つとしてPartial Least Squareが回帰式を求めるモデルとして紹介されています。
過去の連載ではこの仲間でもあるTotal Least SquareでFRPの疲労データの回帰式を算出する手順について、ご紹介したこともあります。
※関連連載
「 機械設計 」連載 第三十六回 線形回帰分析である Ordinary Least Square と Total Least Square によるFRP設計許容線図作成とその比較
PLAを用いた波長選択の例
PLAを用いた回帰モデル構築と波長選択は参照文献中に示されています。
650nmから1050nmの210波長について、肌、植物の葉、アスファルトを例とした、
Hyperspectral Imageによる画像認識を行っています。
Variable Influence on Projection(VIP)と呼ばれる数値で画像中の影響度を算出しており、
文献中の式(4)で示されています。
式の意味としては、機械学習の基本である重みづけの割合を示しており、
同式中のWが大きいものを優先的に評価対象である波長として選定しているのがわかります。
結果として肌、植物の葉、アスファルトの画像認識について、Intersection over Unionという数値で示される認識精度が0.921(恐らく1に近いほうがより精度よく認識している)である一方、その計測に用いた波長領域はわずか4つになっていることが示されています。
結果、全波長の201領域を行うことに比べ画像認識に必要な時間が98.8%削減(5.62秒→0.07秒)できています。
LAPのFRP上の異物検査も同様の計算を行うことで、
短時間に異物検知を行っているものと考えます。
3. 深層学習
結論から言うと最適手法は確立されていないようです。
課題となるのが波長領域の多さ、つまりインプットデータの多さにあるようです。
前処理によって評価する波長を選定する、波長選択と機械学習を同時に行うといったやり方ががあるようです。
4. データセット
手法の性能評価に用いるものをデータセットというようです。
ベンチマークとなるようなデータセットがHyperspectral Imageではそもそも存在しない、
というのが課題とのこと。
Indian Pinesと呼ばれる公知のデータセットもあるようですが、
まだ少数派のようです。
※参照情報
当然FRPも該当するデータセットがあるわけではないので、
上記の課題はそのままFRPについても適用されると想像できます。
次にLAPのWebinarの内容と質疑応答から見えた、
FRP異物検知に関する技術的ポイントを述べたいと思います。
LAPのWebinarの概要
過去のコラムでもご紹介した新製品の紹介に加え、
カメラシステムにAIを実装したということをかなり前面に出している印象でした。
Webinarの中で述べられたAI実装の動機として、
4点ほど挙げられていました。
- 自己学習により、適合性能が高い
- 精度向上
- FRP積層工程の高品質維持を支援
- 現場での迅速な修正指示を含むフィードバック
基本的には上記のポイントを軸に、AI実装のメリットを述べる流れでしたが、
個人的にはその後の質疑応答に興味がありました。
いくつか気になった質疑応答を抜粋してご紹介します。
学習の難しさ
機械学習を導入する以上、避けられないポイントです。
出席者からは、どの程度の数の異物をデータとして学習させればいいのか、
画像データでも学習できるのかという質問が出ました。
画像データをインポートすることによる学習も可能で、
データ数としては20以上あればいいのでは、
とのコメントがLAP側の出席者よりありました。
ここで学習に必要なデータ数について少し気になりました。
私自身が機械学習による画像認識精度向上の工程を実体験していないので何とも言えませんが、
恐らく学習すべきデータ数の桁が3桁は違うのでは(数万以上は必要)と感じています。
もちろん私自身のこの推測が妥当か否かもわかりません。
つまり本当の意味での答えが無いというのが、
機械学習に必要なデータ数の難しさといえます。
異物検知の再現性
現場にカメラシステムを導入した場合、
例えば工程性能指数であるppkでいうとどの程度か、
といった工程の安定性、カメラシステムでいうと異物検知の再現性についての質問も出ていました。
これに対しての返答としては、確認が必要だという表現にとどまり、
データの裏付けが行われていない印象を受けています。
ppkは公差設定によって大きく異なるうえ、
対象とする異物の種類や狙いとするサイズ、
検査を行う環境などによっても変動するため一概には言えない、
ということを言いたいのではというのが私の推測です。
機械学習を採用することに伴う最大の課題の一つが、
判断基準のあいまいさです。
例えば今回の例でいえば、
異物と判断するのかの判断基準は定量的でありながらも定性的な要素が多く含まれており、
なぜそのように判断したのかが不明瞭のはずです。
AIの結果に追従するといった受け身の姿勢ではなく、
機械学習の結果構築された判断基準を人間側が再評価し、
明確かつ定量的な判断基準を構築する能動的な取り組みが不可欠だと考えます。
三次元形状の検査可否
Laser Projectionを行う対象物の”型”は平面であることはむしろ少なく、
凹凸を有する三次元形状であることが一般的です。
このような形状に対しても異物検知が可能か、という質問が出ていました。
これに対する回答としては”可能である”とのこと。
ただ現行のカメラシステム仕様では難しく、
カメラをロボットアームなどに取り付けたうえで、
評価対象面を常に正面から捉えるように形状追従するようなシステムにすれば、
可能であろうとの発言がありました。
質疑応答の中でも述べられていましたが、
対象形状ごとにキャリブレーションが必要という前提はありますが、
この議論は妥当ではないかというのが私の意見です。
しかし実際に形状に沿ってカメラで異物をとらえるというのは、
異物検知の画像認識カメラシステムが必要となる大型形状物になればなるほど、
かなりの時間がかかると想定され、また(片持ちだけでなく、門型にしたとしても)ロボットアームも大掛かりになります。
これらを想定した際、果たして量産工程で求めらえる安定性、スピード、そして精度に耐えうるのかは疑問です。
積層する前のプリプレグやドライ繊維を、
平面状態で線上でスキャンするといった手法の方が理にかなっているかもしれません。
材料の変形を検知できるか
質問として出ていたのがUDなどの一方向に連続繊維が配向したプリプレグを、
曲面に沿わせる際などに生じる垂直方向の繊維の移動に伴うギャップの状態や生じる”しわ”を検知できるか、
そしてプリプレグだけでなくドライの繊維について同様のことが可能か、
という材料変形の画像検知可否に関するものでした。
これについての回答としては、プリプレグだけでなくドライの繊維についても画像検知は可能で、
その中でしわについては検知可能との発言がありました。
一方で、強化繊維のギャップについては学習させなければならないとのこと。
LAPとしては現段階では想定していなかったというのが正直なところなのかもしれません。
裏を返せば、画像検知の対象はユーザごとに決めることが可能という、
柔軟性があるという見方もできるでしょう。
また今後の取り組みとして、繊維配向の異常を画像検知する仕様のカメラシステムも2026年にリリース予定である、
といった発言も認められました。
異物を皮切りに様々な応用を検討していくものと推測します。
異物検知した結果のLazer Projectionによる表示
カメラシステムで検知された異物について、
Laser Projectionで実際の場所を表示できるかという質問が出ていました。
これについては(今すぐではないが)今後、そのような対応ができるようにするといった趣旨の回答でした。
この手の対応ができるLaser Projectionは過去に見た覚えがあるため、
もしその記憶が正しいのであればそれほど難しい技術ではないものと考えます。
確かに異物検知した結果を、リアルタイムで現場に伝えることは重要なので、
ここはできるようにすることがユーザ目線としても必要です。
まとめ
FRP積層時の異物検知に画像認識を使うアプローチは、
良いところと課題の両面があると感じたかもしれません。
画像認識技術を実用性のある状態にするには、
波長選定を行うため機械学習は不可欠であり、
それ故、固有の難しさもあると考えます。
今は機械学習の産業界での適用については手探りの状態であり、
頭ごなしに否定する、無条件で全面的に受け入れるといった極端な反応は不要である、
というのが私個人の考えです。
唯一留意すべきは、機械学習は万能ではないため学習させる内容の影響を受けること、
そしてその判断に至った工程が不明である事実です。
特にFRPは材料が多様であることもあって川下工程が多岐にわたり、
その結果として基礎技術が不十分で定性的な感覚論で議論される領域も多いのが現状です。
基礎が固まっていない状態で機械学習を用いると、
その結果として得られたものが妥当かどうかの検証ができないケースも多いはずです。
本来の機械学習の活用方法である”補足支援”という立ち位置で用いるためにも、
ユーザ側がFRPの基礎について幅広く理解し、実験等を通じた現実を見ることが重要だと考えます。
※関連コラム
3D printing 成形品への機械学習を応用したX線CTの適用開始