ソニックブームによる騒音抑制を目指す超音速旅客コンセプト機X-59と複合材料の適用
超音速旅客機として一世を風靡したコンコルド。
退役してから既に20年以上経過しましたが、超音速機に関する研究開発は進められています。
当該機の中でソニックブームによる騒音抑制を目指す超音速旅客コンセプト機X-59を取り上げ、
FRPを含む複合材料がどのように使われているかについて触れながら概要を述べたいと思います。
超音速旅客機は高速移動を可能にするが、ソニックブームによる騒音が大きな問題
ソニックブームはいわゆる衝撃波です。
どのようなものなのかは以下のような動画を見ていただくとわかるかと思います(やや大きな音が出ます)。
超音速、つまり音速を超えた移動をすると生じる現象です。
ソニックブームは移動速度が音速を超えてしまうと、
音が重なり合って大きな音が出るという理解ですが、
より詳細を知りたい方は例えば以下のようなサイトを参照いただくといいかもしれません。
※参照情報
以前ご紹介したキャビテーションも衝撃波の一種です。
※関連コラム
超音速旅客機を実現するには燃費の改善などに加え、
このソニックブームによる騒音を抑制することが重要です。
ご紹介するX-59のコンセプトは、
超音速移動の際の騒音抑制を実現する形状設計をはじめとした技術の検証にあります。
飛行試験が始まったX-59
2025年10月28日にX-59の初飛行が行われました。
様子は以下の動画で見ることができます。
初飛行ですので超音速での飛行ではなく、まずは問題なく高空に移動できるかという評価です。
車輪を出しながら飛んでいるので、一般的な耐空証明ではなく、
Special Airworthiness Certificatesの状態で飛んでいるものと想像します。
X-59の概要
NASAが主導で開発を進めるX-59の概要については、
少し古い情報ですが以下を参照してご紹介します。
※参考情報
Digital design, multi-material structures enable a quieter supersonic NASA X-plane
取り組みの概略
NASAが公募し、Lockheed Martinが参画した2013年から始まった取り組みとのこと。
超音速移動に伴う通常のソニックブームによる地上での騒音(音圧)が110dBであることを踏まえ、
これを同75dBレベル程度まで低減させることが目的とされています。
この75dBというのは自動車のドアを閉める音レベルとの記述があります。
形状と構造
第一は細長い機首をはじめ、エンジン、吸気ダクト配置を機体の上部にするなどの最適化により、
ソニックブームの原因となる衝撃波を再生成することで、騒音を低減する形状としているとのこと。
またコックピットの窓はソニックブームの原因となるためつけず、
カメラで前部を確認する形式を採用しています。
通常の航空機設計で主流である強度設計というよりも、
剛性設計に重きを置いたとも書かれています。
重量バランスに加え、耐熱性の観点から機体の前部がFRPを中心とした複合材、
後部が金属を主とした構造材として用いているようです。
外観と外寸
全長99フィート、7インチ(約30.35m)全幅29フィート、6インチ(約8.9m)、全高14フィート(約4.27m)です。
特徴的なのが先端のノーズコーン。これは後述の通りFRP製です。
コックピットのすぐ近くにカナードを有し、
後ろに伸びる主翼が特徴的です。高速移動を目指す航空機によくある形状です。
またエンジンは機体の上部に設置されており、
ソニックブームの地上への到達を低減させることを狙っています。
飛行速度
初期段階でのターゲットはマッハ1.4。時速でいうと約1670km/h(音速331.45m/s、0℃、1気圧を想定:参照元・理科年表(令和5年))です。
これをゆくゆくはマッハ1.6(同約1909km/h)まで高めたいとのことです。
通常の旅客機の倍近い速度を想定していることが分かると思います。
設計最適化の思想
空力、ソニックブーム、応力、設計等に関する各専門家が7カ月かけ、
従来の航空機設計思想から脱却し、設計を最適化する取り組みをしたとのこと。
このような取り組みは前進ありきではなく、
時に後退も許容し、また後述しますが多くのシミュレーションも活用していることを強調しています。
モデリングや製造に関してはCATIAを、
解析にはNASTRANやカスタムソフトを使うなど、
一つのフロアでモデリング、シミュレーション、製造という観点でのやり取りを、
タイムリーに行っていたようです。
搭載したエンジンは特注のF414-GE-100
X-59に搭載したエンジンは特注のF414-GE-100です。
以下のようなサイトで概要が述べられています。
※参照情報
NASA Takes Delivery of GE Jet Engine for X-59
推力は22,000ポンドで、全長は13フィートです。
参照した情報掲載の時点(2020年)で2機のみの製造で、
その組み立てと初期試験はGEの施設であるボストン郊外のLynnで行われました。
元々はスウェーデンのSaab JAS 39E Gripen fighterという戦闘機向けだったようです。
急加速が必要となる戦闘機と異なり、X-59は旅客機を想定しているため、
戦闘機向けよりも長期耐久性が重視されているのが特徴です。
CMC回転体部品を初めて採用した
F414-GE-100の特徴は比較的新しい素材を採用しています。
その代表例はFRPも含まれる複合材料において、桁違いの耐熱性を有するCMC(Ceramics Matrix Composites)です。
CMCはマトリックスに樹脂ではなくセラミックスを採用した材料であり、
過去に何度か取り上げたことがあります。
※関連コラム
高耐熱複合材料の CMC ( Ceramics Matrix Composites )
GE aviation が CMC 向け SiC 製造工場設立
DLR が MultiMech を用いた CMC の亀裂進展予想技術を開発推進
FRPとCMC/MMCを用いた軍用車両向け装甲防御材の防弾性能評価
2015年のGEのリリースによると、当時初めてCMCを”回転体”に採用したと書かれています。
※参考情報
当時、既に上市されていたLEAPエンジンで、
CMCは高圧タービンブレードのシュラウドをはじめとした静止部品に採用されました。
F414-GE-100では低圧タービンブレード、いわゆるLPTブレードに用いています。
これは回転部品であり、従来はInconelといったニッケルアロイが用いられるため、
CMCにすることでその重量は1/3になります。
さらに構成材料の軽量化に伴って遠心力が低下するため、
ブレードを固定するディスク、ベアリングといった、
周辺の回転部品の薄肉化といったことにもつながるという見解も述べられています。
さらにCMCの優れた耐熱性能によって通常LPCロータに必須の冷却機構も不要となるため、
これまで冷却に流用していた圧縮空気をそのまま推力に使えます。
LPTブレードに対する冷却機構の削減により、当然ながらエンジンの効率と性能が高まります。
以下はF414-GE-400K(F414-GE-100ではなく、その姉妹品)に関連する動画(Assemblyに関係する方々のインタビュー)ですが、
ところどころに白色の小さな翼が多くついたディスク材が映っていると思います。
この白い翼がCMC製のLPTブレードです。
次にFRPが主に使われるX-59のノーズコーンを中心に見ていきます。
使用されている材料は既存の航空業界で実績のあるもの
超音速機の研究開発という単語だけ聴くと最新のFRP材料を使っているかと思うかもしれませんが、
実際は実績十分のものが選定されています。
はじめはSolvayのMTM-45 carbon fiber/epoxyのプリプレグが使われていましたが、
その後の軽量化を主目的とした設計変更でTorayのT700S/2510(Epoxy)が採用されています。
どちらの材料もout-of-autoclave(OOA)を想定しており、
実際の工程でもVacuum bagで引きながら加熱成型しているものと考えます。
上記材料のAgateの資料(TORAY T700GC-12K-31E/#2510 :Unidirectional Tape)を見ると、
真空引きした状態で270±10°Fで120から150分加熱するという、
評価用平板成形工程の記述があり、上述の見解を支持しています。
実績を有する材料を採用するという考えは以前紹介したAAMの時と同様、
材料由来で生じるリスクを低減させることが狙いにあると考えます。
Agate材料はA basis value、B basis value、そして環境条件による数値がすべて公開されており、
データの見方はもちろん、その扱いをきちんと理解している設計者であれば有意義なデータとなります。
ただ、構造設計の観点から言うとこれらのデータだけでは不十分であることは加筆しておきます。
ノーズコーンに関するFRP積層工程
主翼のスキン材であるFRP積層にはAFP(Automated Fiber Placement)が用いられているようです。
このことから、材料は一方向材のプリプレグのスリットテープ形態であることが分かります。
情報として少し古いですが、AFPについても過去に触れたことがあります。
※関連コラム
Automated Dynamics 社が レーザー 加熱の Fiber placement 自動積層 装置発表
ただ、ノーズコーンが同じ積層方法か否かについては明確な記述がありません。
本点に関する考察は後述します。
ハニカムサンドイッチ構造を採用
外層に3Ply、内層に3ply、そしてコアにハニカムを用いているとの記述があります。
後述する設計変更により、
内層が2Plyに削減され、ハニカムはセルサイズ1/8インチのNomexハニカム、
つまりアラミドのハニカムであることが明らかにされています。
コアとスキンの間にどのような接着剤を用いているか否かなど、
これ以上の細かい情報については述べられていません。
成型にはオートクレーブを用いています。
一体成型ではなく長手方向に分割して成型後に接合
かなりの長尺ものなので一体成型は難しいと思っていましたが、
その分割の仕方が大変興味深いです。
ノーズコーンの正面に対して上下で分割(長手方向に分割)するかと思ったら、
さらに垂直方向に分割(結果的に正面から見て4分割)するとのこと。
最大の目的はノーズコーンの曲げ剛性の低下を防ぐことにあるとの記述があります。
曲げ剛性を高めるため接合個所は材料をオーバーラップさせれば、
剛性が高まるというロジックとのこと。
本点に関する考察は後ほど述べます。
最近設計変更がなされたノーズコーン
既に少し触れましたが、最近ノーズコーンの設計変更に関する情報が出されました。
以下がその情報です。
※参照情報
Cutting 100 pounds, certification time for the X-59 nose cone
ノーズコーン全重量の25%に匹敵する100ポンド(約45.3kg)を削減したという取り組みです。
前出の材料変更と内層の積層枚数削減もこの取り組みに関連するものです。
各種材料データを参照して閾値を見直した
軽量化にはシミュレーションを多く用いたようです。
ただシミュレーションに依存したのではなく、
FRPの圧縮、OHC(有孔圧縮)、面内/層間せん断、
サンドイッチ構造/コア材のせん断、ボルト/リベットのせん断や引き抜き耐力など、
多くのデータを考慮しています。
これらのデータをFEA上で参照し、どの程度マージン(強度余力)があるかを評価することで、
FRPのPly数削減を含めた設計の見直しを行ったようです。
参照した材料データは室温環境のものだけでなく、
Hot wet、そして静的データに加え動的疲労データも考慮しています。
今回の記事について、考察を述べます。
ノーズコーンはFRPをスキン、コアにハニカムを適用しているためその積層はハンドレイアップと想像する
前出の通り主翼のFRPスキンの積層についてはAFPが使われていますが、
ノーズコーンはAFPではなく、ハンドレイアップによる積層を行っていると想像しています。
AFPを使っていないと考えられた最大の理由は、
ノーズコーンがハニカムサンドイッチ構造であることが挙げられます。
AFPはベースとなる土台が金型やマンドレルである必要があります。
コンパクションローラで相応の圧力で押し付けるため、
ノーズコーンのコア材のようなハニカムだとうまく積層できないと考えられるためです。
FRP材料とハニカム間で接触できる面積が小さいことからタックが不十分で、
材料が積層できずはがれると想像できるのがその理由です。
ノーズコーンの特徴的な分割について
既述の通り、ノーズコーンは正面から見て4つに分割されており、
その目的はノーズコーンの曲げ剛性維持にあるとのこと。
これに関し、オーバーラップさせることで剛性を高めているとの表現もありますが、
個人的には分割という強化繊維の連続性を失わせる思想は、
剛性向上と逆ではないかと考えます。
恐らくX-59のような極端に長尺な成型物の場合、
連続繊維を前提として繊維配向を複数組み合わせることにより、
非常に曲がりにくい(ねじりにくい含む)ものになると考えます。
しかし強化繊維の連続性が失われた接合部は当該連続性が維持されている個所と比べ、
もちろん積層構成にもよりますが、剛性が低くなることはあっても高くなるとは考えにくいです。
長尺成型物を作りにくいという観点で”やむを得ず”分割するのは理解できますが、
オーバーレイすれば接合部が多いほうが剛性が高いという主張について、
個人的には現段階ではその意義を理解できていません。
軽量化と逆行してしまいますが、長手方向に梁を入れる方がずっと効果は高いと感じます。
もしかすると長手方向に梁をつけることをオーバーラップで代替するという話かもしれません。
そうだとしても、周方向の繊維連続性を失うことは構造設計として適切ではないと思います。
最後に
超音速機という夢のある乗り物に関する研究開発は、
技術的に見ると興味深いと感じる方も多いかと思います。
今回紹介したような超音速機の低騒音化に関する研究開発は日本でも行われており、
JAXAの取り組みはその一例であり、以下のような動画もあります。
現段階では機体の形状設計が主ですが、
一歩一歩着実に進めているものと考えます。
一方でこの手の取り組みの課題は事業的な出口だと感じます。
ご紹介した通り超音速を実現するにはターボファンでは難しく、
ターボジェットで推力を得るエンジンに採用するため非常に燃費が悪い。
騒音はもちろん、大気汚染や化石燃料の大量消費という、
持続可能な取り組みに逆行していると捉えられかねないといった、
社会的課題の側面もあります。
これらとあまり関係がないのは宇宙と軍事です。
超音速機の歴史を見ると、ロケットエンジンを搭載したX-59と同じXの頭文字を持つ実験機X-15は最高速度がマッハ6.7、
ジェットエンジンではブラックバードの名前で有名な偵察機SR-71がマッハ3.3という世界最速記録を有しています。
前者が宇宙、後者が軍事です。
SR-71の実物を博物館で見たことがありますが、
洗練された形状に感心する一方で恐怖も感じました。
X-59で培われた技術が、純粋に低騒音の超音速旅客機に適用されることを強く望みます。



