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PC( ポリカーボネート )をマトリックスとしたGFRPの高靭性化と難燃化

2020-11-12

近年注目の集まる Thermoplastic composite、いわゆる熱可塑性樹脂をマトリックスとした複合材料。

最近発行された JEC Composite Magazine #137 でも、
オランダに本体の有る ThermoPlastic composites Application Center ( TPAC ) が、
Thermoplastic composite のリサイクルについて記事を掲載していました。

こちらのページは TPAC のThermoplastic composite に関するリサイクル事業の概要紹介ページです。

粉砕→混錬→成形という、Thermoplastic composite の特性を活用したリサイクルコンセプトです。

5年以上前からフランスの Cetim も同じようなコンセプト検証を行う等、
決して真新しいものではありませんが、
今でも検証が進んでいるということは、それだけニーズがあるという裏返しでもあるかと思います。

Thermoplastic composite のマトリックス樹脂の中で、
耐衝撃が高いという観点からFRP向けに注目されているのが

「 PC ( Polycarbonate / ポリカーボネート ) 」

です。

今日は Polymer Journal という高分子に関する科学誌に掲載された、

「PC(ポリカーボネート)をマトリックスとしたGFRPの高靭性化と難燃化」

ということを述べた論文の概要紹介と、
その内容を踏まえた戦略というものについて考えてみたいと思います。

 

PCをマトリックスとしたGFRPの靭性と難燃性に関する論文

今回紹介する論文は以下のものです。

Flame retardancy and toughening modification of glass fiber-reinforced polycarbonate composites
Jun Lin et al
Polymer Journal volume 51, pages657–665(2019)

https://www.nature.com/articles/s41428-019-0181-8

この筆者はこちらの Research Gate の自身のページで本論文を公開しています。

読者としては大変ありがたいですが、
Open Access 無しに公開してしまうのは、なかなか Journal 泣かせの筆者ですね。

この論文の主旨は、様々な添加剤(主には可塑剤)を PC をマトリックスとし、
ガラス繊維で強化した GFRP に複数水準の濃度で添加することで、
機械特性、物理特性に加え、難燃性評価試験の UL94 で難燃性を評価し、
どの添加剤をどのくらい入れればいいのか、
ということを提案する論文です。

学術論文なのですが、かなりエンジニアリング寄りの内容となっています。

 

評価した添加剤

かなりの種類の添加剤を評価しています。

以下に概要を示します。

< toughness modifiers: 靭性改質材>

MBS : Methacrylate-butadiene-styrene
https://polymerdatabase.com/Polymer%20Brands/MBS.html

SMA : styrene-maleic anhydride
https://www.britannica.com/science/styrene-maleic-anhydride-copolymer

EMA : ethylene methylacrylate
https://matmatch.com/materials/mbas164-ethylene-methyl-acrylate-copolymer-ema-

SiR : silicon acrylate rubber
https://patents.google.com/patent/US20050010001A1/en

靭性改質剤は、PCそのものの靭性を上げるということはもちろん、
成形後の離型時の成形体の破損を回避する、
という工程としての観点も盛り込まれています。

上記で述べられている靭性改質を目的として添加剤の多くは、

「弾性体、つまりエラストマー(ゴムのようなもの)」

が多いということがわかります。

 

例えば、SMA : styrene-maleic anhydride について少し述べてみます。

構造式は以下の通りです。

styrene-maleic anhydrideは靭性改質材の一種
Chemical structure above was drawn by FRP Consultannt

無水マレイン酸とスチレンを共重合、つまり二種類の化合物をベースに、
分子を長くつなげたものになります。

無水マレイン酸は二つのカルボキシル基が脱水により環状に結合した構造を有するため、
反応性を有していることが知られています。

またポリスチレンの疎水性により、多くの有機材料に対する相溶性を高めています。

 

<FR: 難燃材>

TPP : Triphenyl phosphate
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Triphenyl-phosphate

RDP : Resorcinol bis(diphenyl phosphate)
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Resorcinol-bis_diphenyl-phosphate

SiKSS : oligomeric siloxane containing potassium dodecyl diphenylsulfone sulfonate
https://patentswarm.com/patents/US20070191519A1
https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/compound/Potassium-diphenylsulfone-sulfonate#section=2D-Structure

今回の論文で評価されている難燃剤は上記の3つです。

PCをマトリックスとした GFRP において、
ガラス繊維は簡単に燃えるものではない一方、
Candlewick effect と呼ばれる、ガラス繊維を芯としたマトリックス樹脂の溶融と気化により、
燃焼が助長される現象が起こります。

まさにろうそくが燃えるメカニズムと同じといえます。
https://www.panasonic.com/jp/corporate/sustainability/citizenship/pks/library/004fire/fire004.html

このような背景も踏まえ、難燃性を付与する添加剤はPCに必要ですが、
環境規制ということもあり、
塩素や臭素といったハロゲン元素をもちいた難燃剤を用いるケースはほとんどありません。

上記を見ていただけるとわかるように、
その多くがリン、またはケイ素をベースにしたものが評価対象となっています。

例えばTPPやRDPなど、リンを含有する添加剤は、
燃焼中に発生する酸素・水と反応し、
縮合リン酸( (HPOx)n )という膜を表層に形成します。

TPPの構造式を以下に示します。

Triphenyl phosphateはリン系の難燃剤

Chemical structure above was drawn by FRP Consultannt

 

このような脱水反応によって形成される薄膜は

「チャー」

と呼ばれ、これが酸素供給を遮断し、延焼を抑制します。

※参照元
赤リン系難燃剤の特徴
http://www.rinka.co.jp/products/flame-retardant/advantage.html

機能性付与剤-① 難燃剤
https://www.tenkazai.com/additive-101/07.html

またTPPを添加したPCのアルコール分解抑制メカニズムについて、
FT-IR、GC-Massの分析結果から、燃焼初期にTPPの揮発が進行し、
その際、PCの末端の水酸基にTPPが結合するということを繰り返しながら、
ネットワークを構築した後に、イソプロピル基の結合が切れて、
上述したチャーと呼ばれる縮合リン酸が形成される、という概要が、
以下の論文でも述べられています。

The Effects Of Triphenylphosphate And
Recorcinolbis(Diphenylphosphate) On The
Thermal Degradation Of Polycarbonate In Air

Thermochimica Acta
Volume 433, Issues 1–2, 1 August 2005, Pages 1-12

BokNam Jang et al

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0040603105001085

 

評価材料と評価方法

今回ご紹介する論文では、PCに上記で紹介した添加剤を様々な濃度で加えた際、
下記の試験結果にどのような影響が出たかを評価しています。

・引張試験:引張強度と弾性率を朱徳雄

・曲げ試験:曲げ強度と曲げ弾性率

・Izot衝撃試験: 側面にV-notchを付けた試験片をハンマーで衝撃負荷し、破壊エネルギーを算出します。

衝撃試験については以下の動画がわかりやすいです。
Izotだけでなく、Charpyや脆化試験等、他の試験もわかりやすく紹介されています。

・MFR: Melt Flow Rateのことで、規定温度になった穴の開いた型を設定時間あたりに通過する樹脂重量
粘度が低い方が大きな値が出ることになります。
この測定のイメージも以下の動画を見るとわかりやすいかもしれません。

・HDT:Heat deflection temperatureといい、日本語だと荷重たわみ温度と言います。
荷重をかけた状態で環境温度を上げていき、何℃から変形が始まるかを記録します。
以下が測定のイメージ動画になります。

・燃焼試験: UL94により実施。
垂直燃焼試験( Vertical Burning Test )で判定短冊状の試験片を垂直にし上端で保持し、
その下端にガスバーナーの炎を接炎させることで、燃焼時間やドロップ(試験片からの溶融樹脂の落下)を
確認します。概要については過去に以下のコラムでも述べたことがあります。

※ 難燃性を有する熱硬化性プリプレグ GMS EP-540 Vol.134
https://www.frp-consultant.com/2019/11/18/flame-retardant-gms-ep-540/

概要を紹介している動画もあります。

評価に使用した材料は、
ECS307-3 という13μm径で3mm長さのガラス繊維とPCを組み合わせたものです。
引き出し成形で混錬しています。

ガラス繊維の配合重量は10wt%とのことなので、
仮にガラス繊維の密度が2.6、PCの密度が1.2とすると、
Vfで約4.8%程度になります。

FRPとして二次構造材などに用いられるようなものと比較すると、
繊維はかなり少なめという印象です。

繊維が少なめの射出成形向け材料と言えるのではないでしょうか。

 

添加材による引張、曲げ、衝撃特性の変化について

MBS、EMA、SMA、SiRについてそれぞれ2、4、6wt%をGFRPに添加し、
特性を比較しています(SiRについては1wt%添加のケースもあり)。

基本的にはこれらの靭性改質材の添加により、
衝撃強度(破壊エネルギー)が向上する一方、強度や弾性率は低下をします。

これは、材料力学の世界では常にトレードオフの関係にあり、
ジレンマといえます。

このような中、SiRを添加した場合の破壊エネルギー向上効果が大きいことが明らかとなっています。

より具体的にはわずか1wt%の添加で、

58.60→117.83 J/m

という大幅な向上が見られました。

その一方で強度の低下は避けられず、同1%の添加で

・引張強度:66.38 → 57.51 MPa

・曲げ強度:110.8 → 94.93 MPa

となっています。

その一方で靭性改質を目的とした添加剤の混錬によって、低下が避けられない弾性率について

・曲げ弾性率:4386 → 4474 MPa

という結果が出ています。

SiRは Core Shell 構造であり、そのコアである silicone-poly(n-butyl acrylate) が比較的剛性の高い材料であること、
そして Shell である styrene-acrylonitrile-maleic anhydride がPCとの相溶性がいいということが、
この効果(曲げ弾性率の低下が抑制された効果)に結び付いていると述べられています。

筆者は今回得られた結果から、靭性を改善させるためには、
SiR( silicon acrylate rubber )が望ましいと結論付けています。

 

難燃材による燃焼特性の変化について

UL94のVについては、
以下の所で述べられている基準に基づき、
難燃性を判定します。

※UL94Vの判定基準の参照元
https://www.djklab.com/service/koubunshibussei/597

UL94で、最も難燃性に優れるという V-0 という判断をするためには、
以下のすべての条件を満たす必要があります。

・試験片の燃焼時間が10秒以内

・5本の合計燃焼時間が50秒以内

・各試験片の燃焼+グローイング時間:30秒以内

・クランプまでの燃焼がないこと

・滴下物(ドロップ)による綿(床に置いてある綿)への着火がないこと

 

今回の論文で評価しているのは以下のものになります。
母材はすべてPCをマトリックスとしたGFRPに前述の靭性改質材SiRを2wt%添加したものです。

A. TPPを3、6、9、12wt%添加したもの

B. TPP/RDP をそれぞれ2/1、4/2、6/3、8/4wt%の比率で添加したもの

C. SiKSS を0、0.2、0.8、1.4、2%添加したもの

※誤記の可能性※
今回の論文のTable 4の表題の中に、PC/GF10/SiR2/TPP/SiKSSと書かれていますが、TPPは誤記かと思います。
(TPPとSiKSSを同時に添加したという事実、並びにTPPの濃度が書かれていないため)
以下は、TPPとSiKSSは同時に混錬していないという前提で読み進めます。

結果としては、TPPであれば9wt%以上、TPP/RDPの併用であれば4/2、6/3、8/4wt%という濃度比率でGFRPに添加した場合、
難燃性はV0を示すと書かれています。

その一方でSiKSSは0.2、0.4wt%という二水準について、V0を達成しています。

TPP、RDPといったリン系の化合物よりも優れた難燃特性を発現することが示されています。

SiKSSが優れた難燃性を示す背景として、燃焼中に表面に形成される酸化ケイ素が、
可燃性ガスの発生を抑制することがそのメカニズムにあると書かれています。

TPP、RDPを添加するとMFRが増加、すなわち高温時(今回の評価は265℃)において、
粘度が低下していることを示しています。

SiKSSはこのMFRが殆ど変化しないというのが、もう一つの特徴です。

同様にHDTについてもTPP、RDPが添加によりHDTの低下がみられる一方、
SiKSSでは変化があまり見られません。

論文中のFig.4で示されるグラフを見るとより分かるかと思います。

 

その一方で機械強度の低下は大きいといえるでしょう。

一例として引張強度については、SiKSSを1wt%添加しただけで

65 → 57 MPa

という大幅な低下がみられます。

 

以上の結果から、靭性を改善するSiRと高い難燃性を発揮する一方、
物性の低下が比較的抑えられるSiKSSの組み合わせが、
PCをマトリックス樹脂としたGFRPに対する添加剤として望ましい、
と筆者は結論付けています。

 

今回の論文から考えるべきこととは

まず最初に感じたことは、

「圧縮強度を見てみたい」

ということです。

今回評価されたのはGFRPといっても、繊維量がかなり少ないのでFRPというよりも樹脂という理解です。

しかしながら、難燃性に着目した熱可塑性マトリックス樹脂というのは極めて興味深く、
FRPが今後さらなる適用拡大が期待される例えば内装材といったアプリケーションを考えれば、
繊維量をもっと増やしたい、長繊維や連続繊維を使いたい、
というケースが出るかもしれません。

この場合に見るべきは間違いなく圧縮特性でしょう。

FRPにおいてマトリックス樹脂に支配的な特性はやはり圧縮だからです。

そしてどのようなアプリケーションに使うとしても、
必ず圧縮荷重がかかるところがあるはずです。

FRPは繊維量が増える程、そして繊維長が長くなるほど異方性が発現します。

この異方性をきちんと把握するためにも、
複数荷重モードの曲げではなく、
単モードの試験で評価すべきです。

同様に面内や層間せん断試験も必要になるでしょう。
これらのデータが無ければ、結局応力解析もできません。

 

もう一つが燃焼試験です。

UL94の試験方法を否定するわけではありませんが、
個人的には本当に正しい試験なのかわからない、
というのが感想です。

特に垂直燃焼試験について大いなる疑問を持っています。

垂直燃焼試験は、上記の動画を見てもらえればわかるように、
加工端面に火をあてることで燃える燃えないの判断をします。

しかし、実際のアプリケーションで火があぶられるのは、
加工端面ではなく、

「成形面」

です。

成形面はFRPの場合、最外層が樹脂でおおわれている上、
その面に平行に繊維が存在しています。

特に連続繊維でそれがガラス繊維だと、
ガラス繊維が表層に断熱層として立ちはだかることになります。

そうすると、簡単には延焼しないでしょう。

しかし、同じ材料でも加工端面だと、繊維は垂直に配向しているケースがほとんどで、
更に加工によって繊維が部分的に飛び出している可能性もあります。

結果として、上述した「 Candlewick effect 」によりより延焼しやすい状態になります。

 

UL94はそのようなことは重々承知で、より厳しめの評価として今のやり方になっているのであれば、
安全性を評価する規格としては大きな問題はないかと思います。

 

ただ、実際に試験を行う場合、より実情に近い評価方法を行うためにはどうしたらいいのか、
ということを考える必要もありそうです。

 

また、最後のコメントとして、若干ですが本論文の内容は

「とりあえず色々やってみました」

というように読めてしまう部分もあります。

Nature(Springer Nature)というきちんとした出版社で出版され、
かつ査読付きのきちんとした学術論文ですので、
やや物足りない部分もあります。

もう少し、化学的なメカニズムを深堀する、
生じている現象(酸化ケイ素の薄膜形成等)を、
元素分析といった分析により裏付けをとる、
といったことが必要ではないかと思います。

学術論文は各業界の進歩に貢献するという命題があるので、
それを忘れていないかを常に振り返るという真摯な姿勢が求められるのかと思います。

 

 

いかがでしたでしょうか。

今日は熱可塑性樹脂のPCをマトリックスとした、
GFRPの高靭性化と難燃性化についての検討論文をご紹介しました。

 

添加材は諸刃の剣ともいえます。

少量添加で大きく特性が改善する一方で、
使い方を間違えると材料特性低下等の思わぬ副作用が出ることもあります。

 

そして、材料の細かいところだけにこだわらず、
FRPであれば繊維の選定や基材設計(どのような繊維構成にするか)についても検討し、
それらも踏まえて形状設計をすることが求められます。

 

ご参考になれば幸いです。

 

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