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有機化合物の 構造解析 に用いる NMR と最新研究動向とFRPへの応用

2018-06-04

今日は、 はじめてのFRP として「 有機化合物の 構造解析 に用いる NMR と最新動向とFRPへの応用 」という題目で、
FRP分析にも使える NMR の概要と最新研究動向、
FRPへの適用にあたっての留意点について書いてみたいと思います。

 

NMRによる有機化合物の 構造解析 とFRPの関係

FRPはマトリックスが高分子であるため、半分は有機化合物です。
(繊維がガラス繊維や炭素繊維のような無機物質の場合)

そしてマトリックス樹脂には熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とあります。


熱硬化の場合、熱をかければ硬化する、
ということは誰でも知っていることですが、
その場合の大まかな化学構造はどのような状態になっているのか、
ということまで気を遣うことはあまりないのではないでしょうか。


よく材料メーカーの仕様書などに推奨の硬化条件等が載っていると思いますが、
それらは硬化後の化学構造をできる限り設計通りにすることを目的に掲載されている、
というのが一般的です。


ただ産業界の観点から言うと、
必ずしも材料メーカーの推奨工程通りに工程設計ができない場合もあります。


これはタクトタイムという観点もありますが、
設備的な制限ということもあるでしょう。


このようにして、材料メーカーの推奨する工程を変更して材料を扱うということも決して珍しくありません。


工程を変更してしまった場合、
果たして狙い通りの化学構造式になっているのでしょうか。


さらに言うと、材料の製造から納入までの保管履歴、
暴露時間や材料バッチ(ロット)の違いにより、
同じ工程でやっていても硬化後の分子構造が同じかどうかはわかりません。

このような場合、硬化後の材料の物性を計測するということも大切ですが、
化学的な構造に大きな変化や問題はないか、ということを理解することも重要です。


最もマクロな材料物性のみに意識を集中し、
化学的な観点が欠落していると、
思わぬところで材料の変化を見逃すことになりかねません。


同じように成形していたのに、

– 樹脂の流れが大きく変わった
– 表面のスターブが増えた
– 内部欠陥が増えた
– 室温環境での特性は変化していないが、高温環境での物性が変化した

というのはその一例です。

 

熱可塑も同様です。

硬化前のマトリックス樹脂が常に安定した構造であるか否かを把握することは重要です。

これは工程を一定にしたときに、成形物が同じ特性を示すための必要条件の一つといえます。


さらに言うと、熱可塑性のFRPの場合は圧力に加え、
一度熱をかけて冷却するというストレスを材料に付与するため、
それにより高分子構造が変化していないか、ということをとらえることも重要です。

このように化学構造を理解するということは決して学術業界だけの話ではなく、
材料の妥当性、工程(プロセス)の妥当性の裏付けをとるためにも重要なのです。


そして化学構造をとらえる分析手法の一つが、
今日ご紹介する NMR ( nuclear magnetic resonance :核磁気共鳴)です。

 

NMRとは

NMRは有機化学の三大分光技術の一つで、
質量分光、赤外分光と並ぶ定石分析技術です。

質量分析はMASSスペクトルといった分子の大きさと分子式を求めるものであり、
赤外分光は官能基を調べる技術です。

過去にはこれ以外の分光技術としてラマン散乱分光を「CNT の存在を確認する ラマン分光」という題目でご紹介したこともあります。

このラマン散乱分光に関連して高分子の熱伝導に関連した「FRP学術業界動向 高分子の中での フォノン とは」といったこともご紹介したことがありますので、ご興味ある方はご覧ください。


上記の分光技術に対し、NMRというのは炭素と水素の構成を調べる技術です。

有機物が通称炭化水素ということを考えるといかに有効な技術であるか、
想像がつくと思います。


原子核は正の電荷をもっている上に特定の軸の周りを自転しているため、
小さな磁石のように振る舞います。

ここに外部から強い磁場をかけると、
上記の小さな磁場が外部磁場と平行、または逆方向に配向します。
この配向は等量に存在するのではなく、
また平行に配向した方が逆方向に配向したものよりも若干エネルギーが低いことが知られています。

下図でも配向が磁場(緑の矢印で示された右半分)と同じ方向に向いているものと、そうでないものが描かれています。

( The image above is referred from Department of Chemistry – University of Calgary )


このように配向した核に適当な周波数の電磁波を照射するとエネルギーの吸収が起こり、
低エネルギー状態から高エネルギー状態に スピン反転 を起こします。
このスピン反転を核の周波数共鳴といわれることから、核磁気共鳴という名称がついています。

14,100ガウス強さにおいて、1H核を共鳴させるには60MHz、
13C核を共鳴させるには15MHzの周波数が必要とのことです。


1Hと13Cが核磁気共鳴を示し、かつ有機化学の分析で用いる核の代表格ですが、
19Fや31Pのようなものもあります。

 

NMRデータから読み解く化学構造


ここでNMRで何故化学構造がわかるのかについて、
ポイントを3つほどご紹介します。

 

周りに結合する原子構造で変化する遮蔽

NMRが化学構造特定に有効であることを理解するポイントはいくつかありますが、
最も大切なのが「遮蔽(shielding)」という考え方です。

外部磁場によって磁界が発生したとしても、
任意の核の周りの電子雲の状況によってNMRの吸収線が観測される位置変化が起こるというものです。

これにより、得られたピークによってそれがどのような結合状態にある原子核に由来するものなのか、
という基本情報を得ることができます。


この話はこちらの動画が比較的わかりやすく説明しています。
時間的にいうと3分30秒あたりから遮蔽に関する解説があります。

 


励起状態と安定状態でのエネルギー差が変化(遮蔽により小さくなる)し、
プランク定数を用いた光のエネルギーが小さくなるため、
より低周波数に共鳴周波数、いわゆる

化学シフトが変化する

といったことがわかりやすく述べられています。

ここで化学シフトについて概要を説明します。


NMRチャートの横軸は化学シフトと呼ばれますが、
右がゼロで左に行くほど数値が大きくなります。
そのため、チャートの左部分が低磁場側で、
右の部分が高磁場側といわれます。


磁界に暴露されたサンプルに、
任意の周波数のラジオ波を照射することでスピン反転を励起させ、
その時にコイルに発生する誘導電流をアンプへ入力し、
増幅信号を記録としてアウトプットします。


この時に得られる周波数(横軸)はδ(デルタ)と呼ばれ、
これが化学シフトになります。

単位はppmで分光器(ラジオ波の周波数)の100万分の1であり、
テトラメチルシラン((CH34Si ; TMS )を基準周波数ゼロとしたとき、
この周波数からどれだけ低周波側にずれたかということを見ています。

イメージを持つ意味では以下のようなHPは参考になります。

http://www.ube-ind.co.jp/usal/documents/o475_142.htm


つまりδは相対値を意味しており、
周波数が異なっても同じδでピークが発生します。

当然ながら高周波数のものを用いた方が高分解の測定が可能になります。

 

構造式に含まれる相対的な原子数を推定できる積分法

NMR分光器を積分法(いわゆる、ゲート付きデカップリング法)で操作されているとき、
ピーク面積は相対的な原子数を示します。

遮蔽による化学シフト情報と合わせ、
各構造を有する原子がどのくらいの比率になっているのかを、
推測することも可能になります。


見方によっては質量分析に近い考え方とも言えます。
ただ課題もあって、積分法で計測すると感度が低下するという話だったと記憶しています。
このような課題も合わせて理解しておくことが重要なのかもしれません。

 

結合している核スピンの情報を提供する スピン-スピン分裂

スピンカップリング法を用いると得られる多重線のことです。
13Cの場合はその原子に直接結合する1Hの数により、分裂が起こります。
1Hが外部磁場に対して配向する場合に平行なのか逆方向なのかによってピークシフトが起こることを利用しています。

分裂するピークの数は結合している1Hの数に1を足した数であるということから、
(n+1)則とも呼ばれています。

こちらについては以下の動画が基本的なところを丁寧に説明しています。
エチルクロライドのようなごくシンプルな分子を例に説明しているのが良いですね。


またピーク間の距離は 結合定数 J と呼ばれ、
化学構造式を理解するための追加情報を提供してくれます。


同じように1Hでも隣接する1Hによってピークの分裂が起こります。
尚、13Cでピーク分裂が起こらないのは13Cそのものの存在確立が低いことが主因です。

そのため、計測自体も1Hと13Cは異なる部分があり、
特に計測時間は後者の方がずっと時間がかかるケースが多いです。
元素の存在数が少ないために積算時間がかかることが主因だ、
ということをまだ学生だった頃に習った気がします。

 

NMRをFRPに対して適用するときにポイントとなる固体NMR

実はNMRの分析技術をFRPに適用するときにまず大きな課題として出てくるのが、


「FRPのマトリックスは一般的に高分子であり、溶媒に溶けにくい」


ということです。

この溶媒に溶けにくいということは分析を基本的に難しくします。


私も学部生の頃はグルコースの固相重縮合反応、
という溶媒を使わない重合反応の研究テーマをやっていましたが、
出来上がったものがほとんどの溶媒に溶けず、
分析にえらい苦労をした覚えがあります。

私はその研究テーマを1年だけやって渡独しましたが、
その後、テーマを引き継いだ同期がメチル基等の修飾を行うことで、
化学構造の概要を明らかにしたと聴いて、
できる人は違うな、と思ったことを思い出します。
(彼は結局博士まで行きました)


話を元に戻します。

熱硬化の高分子はエポキシをはじめとした活性官能基が、
硬化剤や硬化促進剤によって分子間の結合が進み、
三次元網の目構造を形成します。

この分子構造故、剛直な硬化物へと変化するのです。


しかしながらその複雑な分子構造故、上述の通り溶媒に溶けにくくなり、
一般的な溶液でのNMR分析は困難となります。


高分子間の架橋構造が無い熱可塑性樹脂でも、
基本的な分子構造に加え、分子量が大きくなると熱硬化同様、
溶媒に溶けにくくなっていきます。


このような時に効果を発揮するのが


「固体NMR」


です。


いわゆる溶媒を使わずに固体のまま分析をする技術です。

 

固体NMRの課題と解決に向けた研究の取り組み

FRP材料への適用も期待される固体NMRですが、課題もあります。

固体NMRは元々NMRが低感度が低いこと、
さらには上述した化学シフト、スピン反転といった事象を、
溶液中のように均一化して評価することができないという限界があります。

つまり、局所的評価になる可能性が高く、
また分解能が低いということです。


2018年6月号の高分子学会誌の田中真司博士(産総研)の記事によると、
分解能の低さは Cross-Polarization法などのパルス技術の進歩や、
マジック角回転法、動的核分極法などにより改善が進んでいるようです。

それぞれについてより詳細がご覧になりたい方は、
以下のURLをご参照いただければと思います。


* Cross-Polarization法 について
http://www.op.titech.ac.jp/polymer/lab/sando/Conf_05/Ando_Kisokouza.pdf

* マジック角回転法 について
http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/bun/tutorial/FAQ/Whats_MAS.html

* 動的核分極法
https://shingi.jst.go.jp/var/rev1/0000/1111/2016_riken_1.pdf

 

どの技術が固体NMRの高分解能化の本命なのかについては、
もう少し詳細を調べなくてはいけませんが、
いずれにしても固体でNMRを計測できるようにするための研究は進められており、
分析技術業界ではトピックスの一つであることは間違いがなさそうです。

 

FRPへのNMR技術適用に向けて


熱硬化のFRPでいえばミクロでの化学反応を制御するということはほぼ不可能です。

熱可塑においても加熱と冷却を行うことによる分子へのストレスの度合いはやはり不明確です。


どちらにしても特定の工程を経た有機材料の状態把握をするためには 構造解析 をする技術が重要といえます。


その一つがNMRですが、恐らく得られるデータは複雑なピーク、
場合によってはブロードなデータが得られるかもしれません。


そのため、NMRをFRP材料評価に用いるには、
まず目的を明確化することが重要といえます。

 

例えば熱硬化の代表格であるエポキシであれば、
残留エポキシの特定の構造式は何なのか、
予定通りに結合した場合に現れる構造は何なのか、
副反応(例えば加水分解やエポキシ基の失活)で現れる構造は何なのか、
ということを予め予想、理解しておき、
それが実際得られた結果とどう違うのかを把握するというのが一案です。

この違いが材料ロット(バッチ)、
成形条件(温度や時間)、材料暴露時間によって、
どのように変化するのかを把握することは、
工程の妥当性を材料の基本部分から把握するという観点で極めて重要です。


熱可塑性のFRPも同様に、
プリプレグの状態での化学構造式はどのようなピークが予想され、それが実際どうだったのか。
それが成形条件(加熱、冷却、加圧等)によってどのように変化するのか。
変化が材料の劣化(結合の破断などによるラジカル発生等)によるものであれば、
どのような変化が現れるのか。そして実際に成形というストレスを加えた材料にその変化はみられるのか。


上記のようなある程度ミクロの観点から材料を把握することは、
納入、保管、成形、加工、検査、出荷、
という一連の工程を経てFRP材料がどこで変化点を迎え、
それがどのようなパラメータで変化の大小が決まるのかという理解につながります。


上述の積み重ねこそが、工程の徹底した安定化へとつながり、
品質向上というマクロの結果につながると考えます。

 

FRP業界に限らず当然ながら材料というのは最も川上にあります。

言い換えると川上から川下に工程が進むにつれ、
品質の振れ幅を大きくする要素というのは増えることはあっても減ることはありません。

この最も川上にある材料を理解できず、そして把握できずに工程を積み重ねていくことが、
いかに危ない橋を渡ることにつながるのかについて少しイメージを持っていただいたのではないでしょうか。

このような考えは本を読んでみにつけたのではなく、
すべて実際の現場で起こったことから自らの視点で考えたことです。


材料規格や工程規格の必要性を本コラムや講演で繰り返し述べているのには、
上記のような経験に裏付けられた考えがあるのです。

 

今回のNMRも化学的な材料分析技術はわからない、
という先入観で毛嫌いするのではなく、基本的な原理を理解した後は、
実際にそれを活用するイメージを膨らませて活用する、
といった柔軟性と積極性が必要です。


ご参考になれば幸いです。


 

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