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量子コンピュータのFRPの材料開発やCAEへの適用への考察

2026-10-26

母校の同窓会が企画してくれた学術講演会で、
量子コンピュータが製造業にどのような変革をもたらすかという趣旨の話を聴く機会がありました。

そこで今回はこの話も踏まえた量子コンピュータのFRPの材料開発やCAEへの適用への考察として、
当該技術がFRP関係にどう適用できる可能性があるかについて私見を述べたいと思います。

 

 

量子コンピュータについて

量子コンピュータのFRPの材料開発やCAEへの適用への考察

量子コンピュータとは量子力学を応用したもので、
汎用的な量子ゲート方式、組み合わせ最適化を得意とする量子アニーリングという2つの形式があるとのこと。

現行のコンピュータ、すなわち古典コンピュータの課題である、

  • 計算規模
  • 微細化
  • エネルギー消費

を克服する可能性が量子コンピュータにはあるようです。

 

量子コンピュータの消費電力の抑制は注目に値すると強調

話の中で特に強調されていたのはエネルギー消費についてでした。

古典コンピュータ1000ノード(恐らく古典コンピュータ1000機という意味だと思います)と、
同等の計算力を有する40量子ビットでは、
前者の消費電力が数百kw、後者が数十kwとけたが一つ違うとのこと。

量子ビットのイメージがしにくいかもしれませんが、
一例として示されていたのがスーパーコンピュータの富岳が50量子ビット相当とのことで、
40量子ビットというのはかなりの計算処理能力を示していることがわかります。

計算速度に注目が集まりがちな量子コンピュータには、
消費電力という観点で強みがあることが繰り返し述べられていました。

エネルギー問題が顕在化する昨今において、なるほどと思った部分です。

この消費エネルギーの違いは古典コンピュータは不可逆計算で、
量子コンピュータは可逆計算であることがその理由とのこと。
不可逆計算はエネルギーの散逸が生じるため、消費エネルギーが大きくなるようです。

 

量子状態を安定化させる

量子コンピュータの安定稼働実現に向けての一つのキーになるのが、
量子状態を維持できる”量子コヒーレンス時間”と呼ばれるものです。

最初に当時NECに在籍していた中村先生が1999年に世界で初めて量子状態を実現した時は、
コヒーレンス時間は数ns(ナノ秒)だったようです。

※関連情報

Y. Nakamura et al, Coherent control of macroscopic quantum states in a single-Cooper-pair box, Nature, 1999, 398, p.p.786-788

 

それが今は100μs程度までこの時間が伸びているとのことで、
画期的なことのようです。

 

量子コンピュータのアルゴリズムはユニタリ演算

量子コンピュータのアルゴリズムはユニタリ演算と呼ばれるベクトル計算とのこと。
それ故、非線形演算は不得意のようです。

ベクトルは直線ですので、曲線を表現することが難しいイメージはつくかと思います。

これについては色々な情報がありますが、
個人的には以下の動画が分かりやすかったです。

これがユニタリ演算そのものを示すかはわかっていませんが、
少なくとも量子コンピュータのアルゴリズムのイメージをつかむには良いと感じました。
ベクトルを用い、どのように計算を収束させるのかの感覚が分かるかと思います。

動画中ではベクトル変換を行うゲートの存在をアルゴリズムの本質として説明しています。

 

量子コンピュータの課題

以下で記述したもの以外もあるようですが、話に出ていた内容を抜粋して記述します。

 

ノイズの発生

ノイズ発生により計算間違いを起こすとのこと。

ノイズ発生による訂正を行わないNISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum)コンピュータと、
当該訂正を行うFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer)があるようで、
後者へのシフトが進んでいるとのことです。

ただ少し調べてみたところ、一定以上のサイズの量子コンピュータが必要なFTQCが必ずしも正解とは限らず、
NISQはサイズが大きくなくとも意味のある計算ができるとのことで、
機械学習やCAE等への応用に向いているようです。

※参考情報

誤り耐性量子コンピュータの早期実現に向けた取り組み/NTT

 

ソフトウェアの再開発が不可避

量子コンピュータに古典コンピュータのソフトをそのまま応用することはできず、
ゼロから作り直す必要があるとのこと。

見方を変えればどの企業にも量子コンピュータ向けのソフトウェア事業参入のチャンスがあるとの話が出ていました。

 

非線形演算は不得意

既に述べた通りユニタリ演算を基本とするため、
非線形演算が不得意です。

そのため簡単な非線形の計算ができないなど、
古典コンピュータでは生じなかった演算不可の状況が生じるとのことでした。

そのため、古典コンピュータを併用することは不可避であり、
すべてが量子コンピュータに置き換わることはないであろうという話が出ていました。

ここで重要なのが古典コンピュータと量子コンピュータの情報のやり取りです。

古典コンピュータと量子コンピュータのやり取りであるインターフェースについて、
適応補間量子変換があることなどを過去のコラムでも触れたことがあります。

※関連コラム

応用物理学会の聴講内容概要とFRPへの応用の可能性

 

次に量子コンピュータのFRPの材料開発やCAEへの適用について私見を述べたいと思います。

 

 

量子コンピュータのFRPの材料開発やCAEへの適用についての私見

結論から申し上げると現段階では難しく、
しかし将来的に量子コンピュータを安定稼働できれば、
現実に起こり得るFRP成型体の寸法・材料特性変化、
並びに環境条件の変動などを考慮するモデリングや条件設定を高速で予測することでCAEの活用に可能性があり、
また材料開発はFRPそのものではなく、マトリックス樹脂、または強化繊維の開発には有用である、と感じました。

以下、この結論に至る内容を述べます。

 

 

実際に起こり得るインプットデータや条件の”振れ”の高速予想

学術講演会で話をしてくれた方に私が真っ先に質問したのは、

「実際に起こり得るインプットデータや条件の”振れ”の高速予想に量子コンピュータは貢献できる可能性があるか」

ということでした。

量子コンピュータをFRPの材料開発やCAEへの適用するには避けられない課題と考えたからです。

講演の中で触れられていたのは原子配列とその違いによる材料特性やXAFSのスペクトル予測など一発もの、かつ非常にミクロの話が主であり、
これらについて量子コンピュータを用いた実証は既に始まっている印象を受けました。

ただ産業用途に応用するのであれば、
実際に起こり得るばらつきを主とした振れをどう予測の範疇に収めるかの方が重要です。

 

組み合わせを高速計算させ、予測結果を最適化する二段階

私の質問に対する発表されていた方からの回答は、

「組み合わせを高速計算させ、これらに関する予測結果を最適化する二段構えで量子コンピュータを活用するのが一案」

とのことでした。

 

組み合わせ計算に適した量子アニーリングの活用

量子アニーリングは既述の通り組み合わせ立案に適したものであるため、
それを念頭に置いた回答との理解でした。

個人的にも妥当だと感じました。

 

インプット側や条件設定には人の力が不可避

一方でインプット側や条件の組み合わせに関するパラメータ設定は、
結局のところ人間が最初に行わなければならないでしょう。

さらに本当の現場ではどのパラメータがどの程度動くか、
そしてその組み合わせはどうなるかもわかりません。

ここではある程度以上、実践経験のある人間からの情報が必要で、
それを適切に落とし込むという、結局ここでも人間の力量が必要となります。

ただ仮にですが、多くの組み合わせを組み立て、それを高速予測できれば、
人間の経験の範疇外のことも予測できる可能性もあります。

例えば現場で何かしらの作業を始める前、
または実際に製品を作り始める前に生じるであろうリスクと、
そのリスクが具体的にどのような結果を生むのかというリスクヘッジができるかもしれません。

 

大量のデータを吐き出させるだけの量子コンピュータの活用は無意味

最終的には

「得られた結果を適切に理解し、それを踏まえて現実的な判断をする人間の力が必要」

です。

ただここで矛盾が生じます。

前出の通り大量の計算をさせれば大量の結果が得られるでしょう。

それを人間が適切に受け止められるでしょうか。

 

大量のデータを吐き出させることに量子コンピュータを活用したとすれば、
それは無意味としか言いようがありません。

このデータを生成AI等の別の技術を使って要約することを考える方もいるかもしれません。

もちろん、それは有効です。
むしろそのようなアプローチをしないと人間の容量では受け止めきれません。

問題なのは、

「自動化技術で出てきた結果を鵜呑み、または転送するだけのオペレータ」

に人間が成り下がりかねないことです。

 

要約として得られた結果が本当に要約になっているか、
外れ値に近いような結果に真実が含まれていないか。

そのような慎重かつ丁寧なデータとの向き合い方ができるか否かが、
結局のところ量子コンピュータのような途方もない計算を行えるツールを使える人間であるかか否かの判断基準になると私は考えています。

決してコンピュータに”使われる側”になってはいけません。

 

 

FRPに関するCAEへの量子コンピュータの応用について

既に述べた通り入り口の振れ幅をある程度予測し、
条件設定という意味で抜け漏れを減らすことに対して量子コンピュータは有用であると感じます。

この場合、恐らく多くの条件が吐き出されるでしょうから、
CAEの計算速度も上げなくてはいけません。

ここでも量子コンピュータは役に立つかと思います。
高速で結果を出せば多くの条件に対応するアウトプットを知ることができるからです。

 

最大の難点は材料と形状の変動

個人的にはFRPのCAEは課題が常に上回ると考えています。

その最大の理由は、

「材料と形状の変動」

にあります。

 

FRP材料は強化繊維とマトリックス樹脂を組み合わせたものであり、
材料製造由来のばらつきの影響は不可避です。

さらに積層や樹脂含浸、成型温度や圧力といった多くの工程に関連するパラメータの一つひとつがばらつきになり、
最終成型物の形状、例えば厚みや長さが変動し、
構成材であるFRPの強化繊維の配向やVfも変化します。

これは言ってしまえばFRP成型物を一例にすると、

「モデルの形状や材料物性が変化する」

ことになります。

 

このことは量子コンピュータの適用検討に限らないと思いますが、
大きな課題かつ障害として立ちはだかるに違いありません。

 

 

FRPの材料開発への量子コンピュータの応用について

FRP材料開発への量子コンピュータの応用については、
いくつかポイントがあると考えています。

 

FRPという複合材料は難しい

FRP材料の内、繊維だけ、またはマトリックス樹脂だけであれば、
量子コンピュータによる材料開発応用も可能性があるかと思います。

登場する分子構造にある程度の規則性があり、
条件設定がやりやすいからです。

しかし強化繊維とマトリックス樹脂が合わさった複合材料になると、
量子コンピュータを用いたシミュレーションで発現特性を予測することは難しいでしょう。

マトリックス樹脂に対して位置が安定しない強化繊維の配置が最大のネックです。

前出の場合分けをするにもパターンが多すぎて、
そこを突き詰めること自体が開発業務の本質とは言い難いと感じます。

量子コンピュータを用いた材料開発は、
FRPというよりも強化繊維、マトリックス樹脂それぞれ個別に使う方が妥当と考えます。

どちらも分子構造を仮定できれば、ある程度の特性を予測できると考えられるからです。

 

マトリックス樹脂は熱硬化よりも熱可塑がやりやすい

マトリックス樹脂の開発に量子コンピュータの様なシミュレーションを使うのであれば、
複雑な架橋反応が生じる熱硬化よりも、
直鎖重合反応をする熱可塑の方が活用しやすいと思います。

後者の方が分子構造が整っているのがその理由です。

熱硬化性のマトリックス樹脂を使ったFRPは、
RTM、インフュージョン、プリプレグのどれだったとしても、
そもそものばらつきが大きい。

材料自体のばらつきから始まり、輸送、保管、積層、成型といった多くの工程でもばらつきが生じるからです。

ここは予想しようというよりも、
実際に起こり得る変動幅を実測値として蓄積し、
古典理論である統計学を使うアプローチが今後も妥当でしょう。

 

※関連コラム/連載

「 機械設計 」連載 第二十四回 分散分析モデルによるFRP静的材料データからの設計許容値算出法

三次元織物を強化繊維としたFRPのBearing特性と設計許容値(A、B値)算出法

 

 

FRPの材料開発やCAEで量子コンピュータに求めるのは精度よりも傾向把握

極めて細かい分子設計や形状設計が求められる半導体などの業界では、
原子レベルでのミクロ的な予測精度が必要だと思います。

一方でFRPの様な構造材を主とするものに対して量子コンピュータ活用を目指したいのは、

「精度よりも傾向把握」

です。

FRPは材料自体のばらつきも大きく、
さらに工程も人力であったり、昔ながらのやり方が主となるためその変動を助長します。

このようなばらつきだらけのFRPについては精度を求めるよりも、
傾向を把握する方が望ましい戦略と考えます。

今回聴講した講演会でも規模と精度の話になっており、
精度を落としても規模を追うのであれば量子MD(Molecular Dynamics)があると、
一瞬でしたが紹介されていました。

量子MDも原子や分子の運動を追跡して、
物質や材料の構造や特性を予測する技術ですので、
私の印象ではかなりミクロです。

ただ精度を落としてでも大量の計算をさせるというコンセプトは、
よりイメージに近いといえると思います。

※参考情報

大規模量子分子動力学計算プログラムDCDFTBMDの機能強化と新規解析手法の開拓/早稲田大学

 

 

最後に

今回は学術講演会で聴講した内容を踏まえ、
量子コンピュータののFRPの材料開発やCAEへの適用について述べました。

量子コンピュータの話を直接聴くのは今年の春の応用物理学会以来でしたが、
学会の内容よりも具体例を示してもらったことから応用について考察しやすかったです。

発表の中で様々な企業との共同研究開発の話も出ていましたが、
そのような取り組み自体は量子コンピュータのような新しい技術の展開には不可欠かと思います。

一方で最近特に不安に感じているのが、技術的な理論や基礎についての話が後回しになっていることです。

技術的な基礎がほとんどない人であっても高度なツールを使う時代になっており、
愚直に一つひとつ丁寧に実験をして確かめようということを、
非効率という風潮さえ感じています。

効率を求めすぎて大切な土台が脆弱になっているような気がします。

人が理解して取り扱える情報量には限りがあるはずです。

それを限界として捉えるのではなく、
見渡せる範囲の本質を突き詰めることを、
特に若い時に徹底することが技術者、そして恐らく学術界の研究者にとっても重要だと思います。

突き詰めた中でどうしても壁に当たり、
他の専門家とも議論しても難しかった。

こうなったときにはじめて量子コンピュータのような別ツールの登場になるのではないでしょうか。

突き詰める経験をした技術者や研究者はぶれない軸があります。

この軸が情報化社会という荒波に流されて漂流しないための係船柱となるに違いありません。

常に上下する海ではなく、やはり人間は陸でしか生きられないのだと思います。

 

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