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ガラス繊維強化熱可塑性樹脂のX線応力評価

2023-05-15

熱可塑性樹脂をガラスの短繊維で補強したGFRPは、FRPの中で比較的市場に浸透している材料の一つです。
ここでいう短繊維というのは主に長さが1mm以下のような形態でVfは20%台のものが多いです。

最大の強みは射出成形が適用できるということでしょう。

熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として用いる際に留意したいものの一つに残留応力があります。
このような応力を評価する手法の一つとして非破壊検査技術であるX線があります。

 

今回は以下の文献を参考にX線を用いたGFRP応力評価をご紹介します。
また本文献で触れられているマイクロメカニックス(微視力学)についても文献の結果について言及したいと思います。

※参照文献

ガラス短繊維強化PPS樹脂の繊維配向分布を考慮したマイクロメカニックスに基づくX線応力評価

 

 

X線応力評価はX線回折法の一つ

今回の趣旨であるX線による応力評価で用いられるのはX線回折法を基本としています。

高校で物理を履修された方であれば、Bragg反射という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
結晶構造を有する試料にX線を入射させた際、
この結晶格子によって反射したX線が干渉するという現象を捉えますのがBrag反射の概要です。

Bragg反射による干渉現象が結晶格子間の距離に依存することから、物質の同定、結晶構造状態(ルチル、アナターゼ等)等を知ることができるというのがX線回折法という技術になります。

※参考情報

Bragg反射

 

X線による応力評価

X線を用いた応力評価とはどのようなものなのでしょうか。

ここでポイントとなるのが

「外力による応力負荷状態での格子間距離の変動」

です。

 

これを大変わかりやすく示している図の一例が以下のものになります。

 

※参照情報

X線による残留応力測定

 

この資料の図1を見ていただくと、イメージができるのではないでしょうか。

外力によって生じる応力の方向が、格子の厚み方向に近くなればなるほど格子間距離が長くなるというわけです。
格子間距離変動により、上述したBragg反射の干渉状態が変化するため応力を評価できます。

 

今回紹介する文献で評価対象となっているGFRPのマトリックス樹脂であるPPSは結晶性高分子であるため、
外力によって結晶構造の変動が生じるのです。

尚、ガラスは非晶性であるためX線による当該評価ができないことは注意が必要です。

 

手法として最も一般的なのはsin2ψ法

より具体的な話に入ります。

X線による応力評価で最も一般的に言われるのがsin2ψ法と呼ばれるものです。

本分析手法の理解には以下のサイトが参考になります。

※参照情報

X線応力測定における応力定数の測定

 

当該サイトの図1に示すようにψ(プサイ)は試料の法線に対する回折線の角度を示しています。

 

既に紹介した通り、応力σとψには下式の関係があります。

σ=K・∂(2θ)/∂(sin2ψ)

∂(ラウンドまたはパーシャル等と呼ばれます)は偏微分の記号です。
偏微分というのは、主に多変数関数の微分のことを言います。

偏微分を知りたい方は以下のようなサイトが参考になるかもしれません。

※参考情報
偏微分とは~定義と例題と図形的意味~

 

Kは応力定数と呼ばれ、ヤング率、ポアソン比、荷重無負荷状態における反射角θから求められます。
これらを計算すれば試料にかかる応力σがわかるというわけです。

 

具体的には様々な格子面に対する回折線プロファイルを取得し、
横軸にsin2ψ、縦軸にピーク一位置の回折角を示したsin2ψ線図を作成します。

この際、様々な外部応力負荷条件でψを変化させながら回折角のピーク位置をプロットすることで線図を取得し、
その勾配の逆数から応力定数Kを算出するのです(この算出法は一例のようです)。

尚、線図中に(211)といったカッコ付の数値がありますが、
これはミラー指数と言います。

この数値については以下のようなサイトがわかりやすく解説しています。

※参照情報
ミラー指数による立方晶・六方晶における面と方向の表し方

 

私も修士の頃は高分子を使ったナノ粒子の携帯制御という研究テーマに取り組んでいました。
私自身が執筆したわけではないのでセカンドですが以下のような論文も出ており、そこでも(111)という数値が見られると思います。
({111}と(111)は同じ意味です)

※参照文献
Preparation of Tetrahedral Pt Nanoparticles Having {111} Facet on Their Surface

 

冒頭で触れた文献の結果に触れながらポイントを述べてみたいと思います。

 

 

X線を用いた応力算出

先に基本条件について触れておきます。

使用した材料はPPSをGF短繊維で強化したもの

強化繊維は長さ、直径がそれぞれ平均値で282μm、13.7μmで、Vfは26%とのことです。

マトリックス樹脂はPPS。
PPSについては過去に以下のようなコラムでも取り上げたことがあります。

※関連コラム
PPS をマトリックスとした Toray Cetex(R) TC1100

厚み1mm程度で射出成形によって平板を成形し、その後ダンベル形状に加工したものを試験片としています。

射出成形で成形されたFRPは厚み位置によって繊維配向が異なっており、
表面、底面付近が射出成形の方向に、中間層はその垂直方向に配向する傾向があるとのことです。

方位テンソルの平均値を算出するとa11という射出方向と強化繊維の配向が揃っている状況、
並びにa22という繊維が当該方向に対して垂直方向に配向している状況がFig.9に示されています。
このグラフの横軸は表層からの深さ位置を示しています。

試験には射出した方向に繊維が主に配向している表層から0.38mm厚み部分だけを切り出して評価に用いたとのことです。

 

参考までですが「テンソル」というのは方向の固有依存性の事を指し、依存する方向性の数によって階数が示されます。
例えば1階のテンソルといえば一つの方向の依存性を示すもので、4階テンソルは同4つの方向に対する依存を示すことを意味しています。

尚、方向に対する依存性が無い0階テンソルはいわゆるスカラー量であり、
例えば応力解析で出てくるMieses応力はこれに該当します。

 

また、熱処理(アニール)の影響を見る事を目的に射出成形したままのもの、
並びに射出成形後に423K(150℃)で1時間加熱、その後に炉冷したもので評価を行っています。

試験片の切り出しは射出方向、垂直方向、その間の45°方向から行うことで、
繊維配向の平均値を算出することを行っています。

 

X線応力計測

計測方法の概要については以下の文献に詳しく記載されています。

※参照文献
ガラス短繊維強化樹脂の内部ひずみ分布の放射光ひずみスキャニング法による評価

 

回折プロファイルを取得したのは(111)と(200)です。
結果は冒頭の文献Fig.4に示されています。

熱処理により結晶化度が上がるため、熱処理しないものと比較し回折ピーク強度が向上した様子が認められると述べられています。

 

実際にsin2ψ線図を作成し、きれいな直線が得られていることが同文献のFig.5で確認できます。

射出方向(0°)、垂直方向(90°)、45°方向から切り出した試験片について、
応力定数を乗じて母相応力を求めた結果が同文献のFig.6から8に示されています。

この線図の切片が残留応力ですので、およそ10MPa程度の当該応力が切り出し方向によらず存在していることが示されています。

そして荷重負荷工程である中塗りのプロットデータと、除荷工程である白塗りのプロットデータを見ると直線上にのっていないこともわかります。
このことからGFRPがヒステリシスを示していることが明らかとなりました。

尚このヒステリシスはFig.6に示される射出成形方向に切り出した試験片では熱処理により抑制されていますが、他の試験片については熱処理とヒステリシスの明確な相関がみられないのは興味深いところです。

このように、X線応力評価はGFRPでも可能であることが示されたといえます。

 

 

マイクロメカニックスによる評価

冒頭で紹介した文献では、X線応力評価結果をマイクロメカニックスによるアプローチで再現できるかについても述べています。

繊維配向について

射出方向に平行、並びにその垂直方向の試験片断面画像から算出したようです。

冒頭の紹介文献中のFig.3で示した角度から、重み関数と2階、並びに4階テンソルを用いて式(5)にて算出しています。

繊維が斜めになった状態で断面に出てくると楕円になるという形状の変化を近似することで、
繊維配向を算出するというのは妥当な考え方だと思います。

 

繊維配向を考慮したマイクロメカニックス

母相に埋まっている楕円形介在物による応力場とエネルギーを計算する手法であるEshelbyに対し、フィラー干渉を考慮して複合材料向けの理論に修正したMori-Tanaka理論を採用したようです。

詳細は論文の式をご覧いただければと思いますが、要は

・材料の弾性定数

・Eshelbyテンソル

・繊維体積含有率

をパラメータとしてUD材のスティフネスを計算するということのようです。

ここに、

・繊維配向のばらつき

を考慮したものがVD材と呼ばれるもので、ランダム配向の材料を指しているようです。

得られたスティフネスの値から繊維配向のばらつきを考慮したEshelbyテンソルを求め、これを用いて各方向の応力を算出することができるとのこと。

テンソルですので方向性というプロパティーを有しているため各方向に分解が可能であり、このことが各方向性に対する応力分配係数の算出につながっています。

 

応力分配係数の評価結果

文献の考察項では応力分配係数の評価について述べられています。
具体的にはTable 3と4です。

UD材、VD材とありますが、上述の通りUD材は一方向材、VDはランダム配向材の事を意味しています。

表中に係数があり特に注目すべきがa11とa22です。
11は繊維方向(恐らく射出方向)、22がその垂直方向になります。

これらの数値の差が大きいほど異方性が大きいことになりますが、UD材とVD材を比較すると当然ながらVD材の方が小さいことが示されています。

これはマイクロメカニックスで異方性をある程度表現できているという判断を支持していると考えられます。

その一方で熱処理による異方性への影響が殆ど無いことも示されています。
これも熱処理で繊維配向が変化しないことを考えれば当然のことですが、
当然のことをある程度評価できたということになります。

 

そして何より実測であるX線応力評価結果のTable 4とマイクロメカニックスで算出したTable 3について、
応力分配係数に顕著な差が無いというのは大きな一歩といえると考えます。

マイクロメカニックスの計算値がX線応力評価の結果に近しい答えを算出したのです。

このことは複合材の静的強度や樹脂相の応力に基づいて評価する場合に、マイクロメカニックスに基づく評価法が有効という内容で本文献は締めくくられています。

 

 

いかがでしたでしょうか。

X線によって応力状態を調べられるということを知らなかった方にとっては何かしらのご参考になったかもしれません。

また最近の傾向としてマイクロメカニックスの考えを用いて様々なことを予測しよう、という流れも感じています。

ただし、マイクロメカニックスは見ている範囲がかなり狭いため複合材料の挙動を俯瞰的視点から描写することは難しいかもしれません。
その一方で概要を把握する、そして何より今回のように実測の結果を比較を行うことでその妥当性を検証し続けた上で必要な修正を行えば、複合材料の挙動解明に新しい選択肢を提供できる可能性はあります。

 

いずれにしても理論を重要視しながらも、実測との比較で予測精度を上げていくという技術的な取り組みが、これからも求められるのだと思います。

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