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接着補修やFRP硬化・加熱時の 内部温度 計測に対する新しいセンシング

2019-02-19

接着剤を用いたFRP補修、熱硬化FRPの硬化反応、結晶性の熱可塑FRPの加熱工程における「 内部温度 の計測」というのは極めて重要です。

現在のところ、この内部温度計測には昔ながらの熱電対による温度計測が主流です。


しかし従来の方法では基本的に表面の温度しか計測できず、
内部の温度計測については一度、外側と内部に温度計を入れて加熱をすることで、
表面温度と知りたい内部温度の相関を取る、
またはCAEによる熱伝導計算を行うというのが主でした。

前者は評価に時間がかかる上、形状や厚み、そして加熱媒体や加熱プロファイルが異なるごとに評価が必要です。

CAEの場合は精度そのものに疑問符が付く場合が多く、
どちらも万能とは言えません。


そんな中、AvPro Inc. (Norman, OK, US) という企業が、
内部温度計測に新たなアプローチ方法を提唱しています。


今日はこの技術の基礎的な背景を見ていきたいと思います。

 

 

AvPro Inc. とは


企業のHPは以下で見ることができます。

http://www.avproinc.com/index.htm


事業の主体はセンサーと制御システムのようです。

1980年代に Tom Rose という人物によって設立されました。
この設立者は研究機関でFRP製の航空機の研究を行っており、
LearAvia Lear Fan (以下がその写真)なども手掛けたようです。 


( The image above is referred from topsimages.com. )


この成果はB787につながったとも書かれていますね。


設立者とパートナーである Hans Rose というシステムエンジニア(日本のSEというより、プログラマー)のコンビで、今回のセンサーシステムを開発したというのが流れのようです。

 

 

接着補修やFRP硬化・加熱時の 内部温度 計測に適用した AvPro(TM)の技術


内部温度計測技術について見ていきたいと思います。

概要については以下のサイトで見ることができます。


Measuring temperature inside composites and bondlines
ThermoPulse sensors offer Industry 4.0 temperature measurement and digital cure cycle management for bonded composite repairs, laminates and more.

 

技術的にみるとなかなか興味深いですね。

温度計測や磁性体を取り扱う業界においては特段真新しさはないのかもしれませんが、
FRP業界においてはあまり一般的でない技術が盛り込まれています。


基本的な部分から見ていきましょう。

 

 

温度計測に使うのは磁性体の「 鉄損 」

鉄損という言葉をきいたことがあるでしょうか。
これは、磁性体である金属が磁化の過程で失われるエネルギーのことを言います。


本点については「強磁性体の性質」という以下のサイトがとても分かりやすいです。

http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/Lecture/ferromagnet.htm

 

上記のサイト内の中ほどに「 ヒステリシス曲線 」という題目の部分があり、
これが上記でいう「 鉄損 」を理解するためのイメージ図になります。


詳細は上記のサイトや磁性体に関する専門書を読んでいただければと思いますが、
磁性体の金属に対し、外部からパルス磁場(磁場の方向が正転・逆転を繰り返す)をかけると、
外部磁場の変化に対して磁束密度がヒステリシス(正転と逆転の際に、磁束密度変化挙動勾配が異なる)が起こるということです。


不純物が無い純金属であれば磁化はスムースに進む一方で、
実際は不純物(アロイ含む)があり、
この不純物の存在により磁化の境界線ともいえる「 磁壁 」がトラップされます。

どのくらいの不純物度合いにもよるらしいのですが、
磁壁を動かすには強い磁場が必要で、
その時にトラップを逃れた磁壁が急激に動く故、
磁化が急激に進むという「 バルクハウゼン効果 ( Barkhausen effect )  」が生じます。


バルクハウゼン効果は、理化学辞典(第5版)には以下のように書かれています。

・バルクハウゼン効果
チョークコイルや変圧器などの磁心に用いる強磁性体が磁壁の不連続な移動によって磁化するために、
二次コイルに雑音が生ずる現象(後略)。


※理化学辞典(第5版):https://www.iwanami.co.jp/book/b256607.html


このバルクハウゼン効果が上記のヒステリシス曲線の形の背景にあります。拡大するとヒステリシス曲線はギザギザしているとのことです。

 

そして、この鉄損。

実は、温度依存性があります。
一例としては以下のようなものがあります。


※鉄損の温度依存性例(引用元:JFEテクノリサーチ)
https://www.jfe-tec.co.jp/download/pdf/3S4J-085-00.pdf

つまり、この鉄損の温度依存性を用いて温度計測しよう、
というのが今回の技術の基本になっています。

 

 

温度センサーの構成

上述の Composite World の記事によると、
直径0.25mm、長さは32mmであると書かれています。

より具体的には3本の0.03mmのワイヤで構成されており、

1. 樹脂の硬化温度よりも10℃程度高いところにキュリー温度を有するもの( measurement wire )

2. 上記硬化温度よりも数百℃高いところにキュリー温度を有するもの( reference wire )

3. 室温以上かつ上記硬化温度よりも大幅に低いところにキュリー温度を有するもの( autocalibration wire )

という3本の金属線とのことです。


磁性の失われるキュリー温度の異なる金属線を複数用いるということがポイントのようです。


上記センサワイヤはアモルファスの金属アロイでできているとのことで、
主にはコバルトと鉄と書かれていますが、詳細は書かれていません。

尚、参考までにですが FeCo のキュリー温度はアロイの比率にもよりますが1000℃を超えます。
このアロイでは鉄が多いほどキュリー温度が高くなるようです。
(※参照元:理科年表 平成29年度版:https://www.rikanenpyo.jp/


この温度センサーを温度を計測したい部分に埋め込みます。

その後、外部からパルスにより磁場を与えながら、
昇温によって上記のヒステリシス曲線を捉え、
それを温度に換算して、実際の内部温度を測定するとのこと。

外部から磁場を与えるものはオレンジ色の箱型で見られるものです。


これで外部磁場を発生させ、
得られるヒステリシス曲線を黒いボックスで見えるロガーでデータ取得し、
3つのワイヤのうち、2本がそれぞれどのタイミングで強磁性体でなくなるのか、
というデータを踏まえながら実際の温度に換算していくものと考えられます。


温度計測精度は+/-5°Fとのことですので、+/-3℃以下で計測できることが述べられています。

 

 

AvPro(TM) の適用状況

現在はまだ研究段階というのが結論になります。

Small Business Innovation Research (SBIR) という中小企業向けの研究予算の枠組みで進められています。
 

Phase 1は終わり、より実用的なところまで来ているようですが、
狙っているところが航空機ということもあり、


「保守的でありなかなか進まない」


という苦境にいるようです。


ただ、接着剤硬化と熱硬化性FRPについて250°Fタイプについては概ね評価が終わり、
現在は統計解析(恐らく、データのばらつきがどの範囲かを予想している)を行っているとのこと。

より高温である350°F硬化タイプの接着剤や熱硬化性FRPの評価も開始すると述べています。


そしてゆくゆくは、統計的な設計データに基づき、ASTMによる規格化をしたいとのこと。

技術的にはもちろんですが、
ビジネス的にも標準化が一つの目標になるということだと思います。

 

 

AvPro(TM) について考えるべきこと

私個人的には今回の技術は現場サイドから見てとても興味深いものだと思います。


同じ形状物を繰り返し作るのではなく、
補修を中心に考えている、
というところが現場をよく理解した方が考えたのだな、
と感じています。


同じものを繰り返し作るのであれば、
冒頭述べたような表層温度との相関を取ることで、
内部温度は保証できます。


しかし、補修となると形状、厚み、大きさといった、
多くのパラメータが変動します。


このような時にどのくらいの温度をどのくらいの時間かければいいのか、
というのは内部温度を見ないと何とも言えないというのが事実です。


そのため、今回は大きな一歩を提案したというべきでしょう。

 

 

一方で懸案として考えられるのが、


「温度センサーという異物が残留することによる影響」


ではないでしょうか。


当然ながらそのような懸案がでることは彼らは理解しており、
25mm厚みのFRPの接着において、上記の温度センサー(直径0.25mm、長さ32mm)を埋め込んだ上で、
引張接着せん断試験を行っています。


接着幅、厚み、入れたセンサーの数と向きといった、
評価結果に影響を与える条件が記載されていないので何とも言えませんが、
何となくは影響は無いだろうといえる部分もあります。


ただ、接着層に入れるというのは非常に気を遣わなくてはいけません。

特に気を遣うべきは以下のような点でしょう。


– 外気にさらされる部分にセンサーがはみ出していないか
(開口部があると、そこから高分子の劣化が進むため)

– 実際のオペレーションによる主応力方向に対して平行に入れられているか
(主応力に対して、水平に入れると、センサー端部で熱硬化性高分子の特性の低い Mode I の荷重モードがかかる可能性が高まるため)

– せん断だけでなく、必要に応じて剥離試験( Peel )も行う
(接着強度はせん断だけでなく、場所によって剥離モードの荷重がかかるため)

– 冷熱サイクルやクリープなど、長期利用における環境因子による影響を見極める


マクロでみれば、リペアするような部品はかなりの大型部品が多いため、
それに対して今回のセンサーのスケールはかなり小さいと考えられることから、
構造物に対して大きな影響はない、という考えも大きな間違えではないことも付け加えておきます。

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

今回の技術は他業界における既存技術を上手く活用した例といえます。


FRPはもちろん、そこと切っても切れない接着というものにおいて、
外観からは判断できないものに対して定量的に把握していく、
という試みは今後さらに重要度を増すと思います。

そして、これらのデータの蓄積がCAEの精度向上という、
別の領域へも波及していくでしょう。


FRPだからFRPだけ、ということではなく、
今回のように他業界の既存技術で応用できるものはないのか。


そのような柔軟な姿勢と高い視点が重要になっていると感じます。


 

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