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FRP学術業界動向 X線吸収分光 を利用した重合機構解明

2016-10-12

今日のコラムではFRP学術業界動向として高分子学会誌9月号に「放射光X線吸収分光を利用した重合反応機構の解明」という題目で掲載されていた九州大学平井智康博士の記事をベースに考えてみたいと思います。


FRP業界において現在も主力の樹脂として用いられるのは、はやり不飽和ポリエステルやエポキシ樹脂。


つまり熱硬化性樹脂がメインです。

良くこの手の材料の硬化状態についてどのように評価していますか、とうかがうと、


「材料メーカーの規格に基づいて硬化を行っています」


という返事をいただくケースが多いです。

 

当然ながら材料の設計を行ったメーカーの情報は極めて重要な情報であり精度が高いのも事実。

その一方で、積層厚みや複数積層(特に異なる材料の組み合わせの場合)では最適な硬化時間は材料メーカーの推奨条件と異なる可能性もあるのが実情です。


このように化学的観点から硬化挙動を知るということは、FRP業界の方々にとっても必要ですが、現段階ではあまり重要視されていないようです。

今日は硬化挙動(重合挙動)を調べる手法の一つとして放射光X線吸収分光を用いたものをご紹介したいと思います。

 

X線を用いた化学物質の分析


一般的に有機化学で習うのは粉末X線回折です。


今回平井博士が述べられているXASではなく、XPS (X-ray Photoelectron Spectroscopy) または ESCA (Electron Spectroscopy for Chemical Analysis、エスカ)と呼ばれるX線光電子分光法です。


これは固体表面の構成元素やその化学結合を分析する電子分光法の一種であり、X線を照射することで励起された原子から光電子が放出され、この時の光電子の運動エネルギーを測定することで内殻電子の結合エネルギーを調べるというものです。


原子は陽子の周りをKから始まるアルファベットの軌道上に存在するというのを高校の化学で習って覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。


この辺りの概論はこちらをご覧いただければと思います。
 

それに対し、今回ご紹介するX線吸収分光は X-ray Absorption Spectra;XAS (=XASF) と呼ばれています。

基本的に見ようとしていることは同じです(内殻電子が励起し外殻軌道に繊維するか、自由電子のようになった光電子が周囲の原子に散乱される過程)が、XPSは表面の分析を主に行うのに対し、入射X線と透過X線の強度を測定し吸収スペクトルをえる、ということからX線を貫通させるのが測定の基礎です。
(透過法以外にも、蛍光法・全電子収量法といった異なる実験法があるようです。)


尚、XPSについて摂動はX線、検出は電子 、XAFSについて摂動はX線、検出はX線、プローブは電子という違いがあります。

得られるデータはとてもシンプルで非占有軌道以上に励起するエネルギーを照射された領域のみで吸収が観測され、それ以下では吸収は観測されません。
この境目を吸収端ともいうようです。

チャートの例を以下に示します。

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( The image above is referred from http://sti.srs.gov/fulltext/srtlwp2187/srtlwp2187.html )


この分析手法の一つであるXANESは原子の価数を評価することができる優れものです。
上記の平井博士の記事はXANESのこの分析能力を応用した研究の紹介となっています。

XANESによる価数違いのスペクトルの差異を示した例を以下に示します。

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( The image above is referred from http://www-ssrl.slac.stanford.edu/mes/hlights.html )


尚、XASに関する以上の話はこちらのサイトを参照させていただいています。とてもわかりやすいです。

 

X線吸収分光を用いた平井博士の研究

分析技術に関する話はこれくらいにして、平井博士のお話に入っていきたいと思います。

一般的にFRP業界でもそうですが、硬化挙動を調べるのに最も使われるのはFT-IRとDSCです。

前者は硬化を担う官能基由来のピークの吸光度比を、後者は硬化反応由来の発熱ピーク面積を用いて硬化度合いを評価します。


どちらもある程度分析の知見があれば扱える代物です。


ただし、FT-IRは溶媒を用いた系には適用が難しく、DSCも基本的には溶媒系の高分子の分析には使われません。


溶媒系のものを扱えるものとしてはNMRがあります。


ただ今回の平井博士の記事の例では塩化鉄(FeCl3やFeCl2)を対象としているため、強力な磁場にさらされるNMRでは計測できないようです。


上記の高分子学会の記事で紹介されているのはポリ3-ヘキシルチフオフェン(Poly 3-hexylthiophene : cas no. 125321-66-6)という化合物の重合反応において、分子量や分子量分布、結合位置規則性の研究が行われており、その重合反応として塩化鉄が用いられているそうです。


ポリ3-ヘキシルチオフェンの構造式は以下の通りです。

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( The image above is referred from https://www.hindawi.com/journals/jnm/2011/729085/fig1/ )


ポリチオフェンは代表的な導電性ポリマーの一種としても知られており、白川英樹博士にノーベル化学賞が送られたことでも有名になりました。
 

白川博士の作製した(最初はレシピを間違えたことがきっかけという話も有名です)ポリアセチレンの薄膜にハロゲンドーピングをして導電性ポリマーの存在を証明したという話は上記の白川博士のリンクに詳細がかかれています。


導電性は非局在化した電子によってもたらされることは解明されていますが、この導電性に加え外部刺激により光学的性質にも影響を与えるとのこと。


以上のことから光学的性質と電気的応答によるその性質から化学センサーとしての活用が注目されている、といった概論の話はこちらのサイトをご覧いただければと思います。
 


話を元に戻します。

上記のように金属が重合系に入っているとNMRも使えないため、重合機構を解明し、得られた結果を分子設計にフィードバックするというアプローチにXANESが用いられているとのこと。

ポリ3-ヘキシルチオフェンの酸化重合反応には塩化鉄(III)に対して貧溶媒(溶解度の小さい溶媒のこと)を用いることが一般的のようです。
本実験系ではクロロフォルムを用いたとのこと。

この重合反応系に対してFe-Kの吸収端近傍X線微細構造(つまり、XANES)スペクトルを測定し、重合系における塩化鉄の価数変化を追跡したとのこと。

反応初期にはFe(II)と一致性を示す7122eV付近にピークが観測され想定されていた塩化鉄(III)による酸化重合反応が進んでいることが確認されたようですが、反応時間の経過に伴い7122eV付近の強度が減少し高エネルギー側にシフトする様子が観察されたそうです。

そしてこの高エネルギー側のピークというのが塩化鉄(III)と類似のピークであったことから塩化鉄(II)が再び酸化されて塩化鉄(III)になっていることを示唆していました。

ここで平井博士は反応時間(22時間)の経過した上記の重合系に塩化鉄(III)を追加で加えXANESのスペクトルを確認したところ塩化鉄(II)の酸化による塩化鉄(III)の発生の傾向は見られたものの、反応初期のそれと比較し大幅に制御されていたとのこと。

この現象は塩化鉄(III)の周りにポリ3-ヘキシルチオフェンが析出し触媒能力を低下させるモデルで説明できるとのことでした。

 

平井博士の優れたアプローチはここからです。

この反応系で悪さをしているのは溶媒ではないかと考え、
クロロフォルムをヘキサンに変更して同じ重合反応を行ったところ、
反応時間の経過に伴うXANESのスペクトル変化はみられなかったとのこと。

このことから溶媒のクロロフォルムが酸化剤と機能したことが考えられたそうです。

反応機構としては塩化鉄(III)が酸化剤として機能し、ポリ3-ヘキシルチオフェン上にラジカルカチオンが生じて重合反応が開始。
重合系中で生じた塩化鉄(II)はクロロホルムの酸化分解やラジカル開裂により生じた化学種により塩化鉄(III)に再び酸化される、ということが生じると予想されるとのこと。


当然ながら溶媒は反応系に大量に存在しているため上記の反応は継続して起こることになります。


これが平井博士の記事の概論です。


より詳しく知りたい方は以下のURLなどを参照いただくことをお勧めします。

https://www.kyushu-u.ac.jp/f/6060/2015_06_25_1.pdf

 

平井博士の研究からFRP業界が考えるべきこと

 

今回の記事から考えるべきことは何でしょうか。


一言でいえば、


「高分子(ポリマー)を扱う以上、丁寧な分子設計と制御が重要である」


ということになります。


今回記事のテーマにもなっているポリ3-ヘキシルチオフェン当然ながら光学特性や導電性を付与できるポリマーですので、分子設計と制御は極めて重要なテーマです。


分子設計を行うことで機能性が助長される、特殊な機能が発現するといったことが期待できるからです。


ただし、残念ながらFRP業界ではこのような分子基礎設計はあまり評価してもらえません。


化学系の話はわかりにくい、というのが一因のようです。


これは日本に限らず世界共通の考え方です。


ただし、話をシンプルにしていくと当然ながらFRPに限らず万物は元素の組み合わせでできているわけです。


それを丁寧に一つ一つ積み上げるのか、とりあえず混ぜてみて熱をかけるのか。


得られるものに違いが出てくるのは間違いはありません。


何らかのブレークスルーを得るためにはこのような丁寧な理論と実験の積み重ねしかありません。


つい先日もインターネットでイチロー選手のインタビューを見ましたが、そこでも


「遠回りをすることが重要」


といっていました。スポーツの業界でも産業界でも本物を突き詰めるとロジックは同じところに行きつくのだと感じました。


結果を急ぎ過ぎる故に基礎的な部分が脆弱では後々まで必ず問題を引きずっていくことになります。


見方を変えると化学系の人材もエンジニアリングとしてものづくりに関わるのであれば機械工学をベースとした製品設計に関する基礎知識を学ばなくてはいけません(本当の専門家になるほど極める必要はなく、基礎的な考えとあくまで実務を通じた現実を理解するレベルで十分です)。

つまり歩み寄りが重要なのですね。


FRPの部品設計のできる化学系出身の研究者技術者が増え、この辺りの議論をできる日を楽しみにしたいです。
(サラリーマン時代にお世話になった上司一人を除き、まだ化学系出身の方と製品設計の議論をできたことはありません。)

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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